浅葱色の桜

初音

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恩返し③

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 私は、芹沢さんを斬るのだろう。
 何故って、芹沢さんは私に斬って欲しいと言ったのだから。
 それでいいのだろうか。
 私が初めて人を斬った時、芹沢さんはこう言った。
――お前が前に進むために、邪魔なものがあれば切り捨てろ。ためらうな。それが、たとえ俺でもだ
 私が武士として、前に進むために必要なこと。
 壬生浪士組が、前に進むために必要なこと。
 それは、都合のいい解釈だろうか。

 芹沢さんを、斬りたいか。斬りたくないか。
 斬りたいわけではない。だが、斬りたくない、とも言えない。
 斬らなければ、上様の信頼を得始めた勇の面子をつぶす。歳三の野望の邪魔をする。
 共に武士になろうと誓った二人の前に、立ちはだかるのは違う。
 だったら、私は――



***

 その日、いつもより早く日が沈んだ。
 否、日没の時間自体は前日と大差なかったが、厚い雲に覆われ京の町はどんよりと薄暗かった。 
 角屋には続々と隊士が集まり、二十畳ほどの部屋に四十余名の隊士が入ったものだから、ぎゅうぎゅう詰めとなった。
 八月十八日の出動慰労金ということで会津藩から十分金は貰っていたため、今日の宴会料理は豪勢だ。酒も、いつもより良いものを手配してある。
 全員が座ったのを確認すると、乾杯の音頭は芹沢が取ることになった。
「堅苦しい挨拶をするつもりはねえ。今日は無礼講。各々英気を養え。また明日から、壬生浪士組を頼んだぞ」
 それは、浪士組の局長としてはいたって普通の言葉だった。だが、さくらは、芹沢が死期を悟っているからこその「頼んだぞ」という言葉なのではないかと、穿った見方をしてしまう。一瞬目が合った。芹沢は、わずかに口角を上げたように見えた。
 さくらは結局、芹沢の暗殺計画に加担する意思を示したわけでもなく、強く止めに入ったわけでもなく、何事もなかったかのように過ごしていた。
 どちらをとったとしても、事前に勇たちに意思表示をしたところで却下されるに決まっている。
 さくらは、ばらけて座っている勇、歳三、総司、源三郎、山南、左之助、斎藤の様子を順番に確認した。とてもこれから人を殺そうとしているようには見えない、いつも通りの様子だった。
 ――それが、鬼というものなのかもな。
 さくらは胸中で独り言ちたが、呑気にそんなことを考えている場合ではない、と思い直した。実行部隊が誰なのか知らないものだから、彼らの様子から当たりをつけておきたかった。まさか七人で雁首揃えていくわけではないだろうし、そうなれば新八や平助にも感づかれる。
 ――歳三と、総司は、行くだろう。左之助が計画を知っている側ということは、恐らく槍術の必要性が出ることを想定して。あとは、斎藤あたりだろうか……
「どうぞ、島崎さん」
 声をかけられ、さくらはハッと我に返った。
 目の前には、野口が徳利を持って座っていた。
「ありがとう。だが、私は酒は結構だ」
「そうなんですか?そういえば、あまり飲んでるところ見かけないですね」
「すぐに酔いつぶれてしまうのだ。今日は無礼講とはいえ、隊士全員がいる前で醜態は晒せぬ」
「あははっ、島崎さんって本当男前ですねえ」
「それは誉め言葉ということで構わぬか?」
「ええ、もちろん」
 屈託ない笑顔を見せる野口を見て、さくらは「哀れ」と思った。
 ――あと一刻(二時間)か二刻くらいで殺されてしまうとも知らずに。それにしても、野口くらいは生かしてやったらどうなんだ。まだ若いし、芹沢さんにとって代われる程の器や人望があるとも思えない。
「私はもういいから、他の者にその酒注いでこい。そうだ、新八、私の分も飲んでくれ」さくらは隣に座っていた新八に声をかけた。
「島崎さん、私だってそんなに強くは……」
「私よりはマシだろう」
 そんなやり取りをしている間にも、野口は新八の杯に酒を注いでいった。
「今日は無礼講。馴染みの女ができたと言っていたな。女のところに泊まってきたっていい」
「確かに、今日は珍しく外泊解禁ですからね。そうするのもいいかもしれない」
 罪悪感が、さくらの胸をチクリと刺した。
 自分は今、勇たちの作戦に片足を突っ込んだ。新八を酔わせて、女のところに行かせ、計画の中心から遠ざけようとしている。
 白湯や茶でちびちびと口内を潤す。芹沢の様子を見やると、勇や歳三、山南が代わる代わる酌をしていた。なんてあからさまな、とさくらは思ったが、新八は気にも留めていないようだった。


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