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恩返し①
しおりを挟む新見の訃報は、翌朝壬生浪士組を駆け巡り、隊士らを震撼させた。
料亭で一人飲んでいたところを長州派の浪士に襲われ絶命した。と、そういう触れ込みであった。
さくらは、嫌な予感がした。
佐々木や佐伯の時のように、その死に芹沢が関わっているのではないかと。
そうだとしたら、芹沢にこれ以上仲間殺しをさせるわけにはいかない。
そう思い、さくらは単身八木邸に乗り込んだ。誰も連れていかなかったのは、あくまで個人的に疑念を抱いているという程度だったからだ。
「芹沢さん、話があります」
芹沢は面倒くさそうにさくらを見た。当たり前のように隣には梅が寄り添っている。さくらは「席を外してくれませんか」と頼んだ。
「田中のことか」
さくらが頷くと、芹沢も梅に「しばらく外してくれ」と告げた。梅はしぶしぶ立ち上がると、部屋を去っていった。
「言っとくが、俺は今回、何もしていないぜ」
さくらは、先手を打たれたような気がして面食らったが、「といいますと」と、芹沢の言葉を促した。
「何も知らねえ。あいつをやったやつのことを、俺は何も知らねえ。だが」
ここで芹沢は一呼吸置いた。
さくらは、芹沢がこんなに気落ちした様子でいるのを初めて見た。
「一報を聞いて最初に駆けつけ、死体をここまで持って帰ってきたのは、土方や沖田だって話じゃねえか」
「それが何か」
「お前は俺を疑っているのかも知れねえが、一枚噛んでいるのはあいつらなんじゃねえのか」
「え……?」
「島崎。今夜、飲みに行くぞ」
「えっ、でも……」
「お前とゆっくり話がしてえ気分なんだ」
芹沢はのっそりと立ち上がると、「お梅ーっ、もういいぞー」と声をかけながら梅を探しにいってしまった。
残されたさくらは、茫然と芹沢が去っていった方向を見た。
まさか、まさか。芹沢に対し抱いていた嫌な予感の矛先を、歳三や、総司に向けなければいけないのか?
嘘であってほしいと思いながら、さくらは前川邸に戻った。
歳三も総司も、勇も、部屋にはいなかった。
巡察に出ているわけではないから、屯所のどこかにはいるはずだ。
探し回っていると、山南と源三郎が寝起きしている部屋から、声が聞こえた。なぜか、勇や歳三の声も聞こえる。
さくらはバクバクと跳ねる心臓を抑えながら、縁側から庭に降り、床下に隠れた。
――何をやっているんだ、私は。こそこそと、こんな真似をして。よりによって、歳三や、総司を疑うのか……?
が、さくらの淡い期待――予感が間違っていてほしいという思い――は外れた。
「首尾よくいったか」勇が言った。
「ああ。隊士らの間では、この前の事件で追われた長州の残党の仕業ということで持ち切りになっているぜ」歳三が答える。
「角屋は、いつ取れた」
「平助の話だと、十六日だそうですよ」総司が、花見の日程でも相談しているような調子で言った。
「明後日か……」
勇がそう言うと、沈黙が流れた。さくらは気配を消そう消そうと、毛一本も動かさないように努めた。
「いいか。芹沢にしこたま酒を飲ませたら、屯所に連れ帰る。斎藤、駕籠の手配を頼む」
「はい」
「トシ、他の者らは」
「平山、平間、野口までは、明後日、必ず仕留める。他の腰巾着どもは……御倉や荒木田あたりか。長州の間者だったことにして、後日また」
「確かに、一晩で全員を手にかけるのは、却って仕損じる可能性も高い。それでいいでしょう」山南が言った。
ああ、間違いないのだ、とさくらは悟った。
少なくとも、勇、歳三、総司、山南、斎藤が、新見の死に関わっているのだと。そして、芹沢一派を葬り去ろうとしているのだと。
――止めるべきか?いや、あの言い方だともう私が何かを言ったところで覆らない可能性が高い。だが、それでも。
このまま聞かなかったことにして去ることもできるが、それはそれで罪悪感に苛まれる。ずっと後悔するだろう。
――言うしかない。やめろ、と。言えないまでも、このままというわけにはいかぬ。
心臓がどくどくと大きく鼓動しているのがわかった。嫌な汗も出てきた。
さくらは縁側の下から這い出て、立ち上がった。立ち上がれば、障子に影が映る。
「そこにいるのは誰だ?」ひどく驚いたような、歳三の声が聞こえた。
続いて、勢いよく障子が開く音がした。さくらを見た歳三の顔には、あからさまに「しまった」と書いてあった。
「さくら……」勇が驚きの眼差しを向けた。
「聞いて……いたのですか?」山南が尋ねた。
「芹沢さんを、斬るのか?田中さんを斬ったのもお前たちなのか?」
「ばか、お前、聞かれたらどうする。とにかく入れ」
歳三に促され、さくらは縁側から部屋に入った。
さくらは、源三郎と左之助もその場にいたことにひどく狼狽した。
つまり、いわゆる「近藤派」の中で、ここにいない三人――さくら、新八、平助――には共通点がある。新見が死んだ夜、歳三の指示で祇園とは反対方向の島原に行かされていたのだ。
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