浅葱色の桜

初音

文字の大きさ
上 下
123 / 205

外堀から③

しおりを挟む
「下手人だと?下手人も何も、諸悪の根源はあの大和屋の主人本人だろう。山南、お主とて芹沢さんと共にあの店に乗り込んだと申していたではないか」
「ええ。もちろん、あの大和屋の行いは看過できるものではありません。ですが、火をつけて無理矢理に焼き払うというやり方はよくなかった。何の罪もない、裏手の町家まで延焼したそうですよ。死者こそ出ませんでしたが、住んでいた方は路頭に迷うことになってしまいました」
 新見はぐっと唇を噛むような仕草をした。
「わかった。確かにそうだな。それならば、処断されるべきは芹沢さんだろう。主導したのはあの人。まさしく下手人。そうか。この私に協力してほしいというわけか。おおかた、弱点を教えてくれといったところか」
「いいえ」 
 新見の余裕ぶった発言を、歳三がピシャリと遮った。
「最初に火をつけたのは、田中さん、あんただったと、目撃した者がいる」
「なんだと?誰だそんな出鱈目をいう奴は」
「島崎だ。あの時、あんたが最初の火種を店内に放つのを、見たと言っていた」
「なっ、あんな女の言うことを信じるというのか?」
「もちろんさ」
「田中さん、いえ、新見錦さん」山南が丁寧に名前を呼んだ。
「火付けは、重罪です。今この場で、切腹していただきたい」
 新見は顔面蒼白になった。
「断る、と言ったら」新見は山南を睨みつけた。
「我々で、あなたを切り伏せます」
「ほう、我々、ね。確かにな。そこにまだいるんだろう」新見は隣の部屋を顎で指した。 
 歳三は苦々し気に新見を見た。
 酒を飲んでもこれだけ冷静でいられる新見は、ある意味では芹沢よりタチが悪い。
 先に狙いを定めたのは正解だった、と思った。
 襖が開き、総司と斎藤が現れた。
「こんばんは、田中さん」総司が淡々と言った。斎藤は、何も言わずにぺこりと頭を下げた。
「ふん、沖田に、斎藤。四対一とは、武士として、卑怯ではないのか」新見が言った。
「それはあくまで稽古の上の話。実際の戦では、兵の数は相手の兵より多いに越したことはない。敵の数に合わせて味方の数を調整する愚将がどこにいますか」歳三はにやりと笑った。
 これを聞いた新見は立ち上がると、部屋の隅にあった自分の大小二本を取りに行った。
 歳三たちは俄かに殺気を放ち、新見を睨みつける。だが、新見は可笑しそうに鼻で笑うだけであった。
「心配するな。お前たちに斬られるくらいなら、自ら腹を切った方がマシだ」
 新見が手に取ったのは、短い、脇差の方であった。着物の身ごろを左右に広げ、腹を見せる。
「次は、芹沢さんか?」
 尋ねられたが、誰一人縦にも横にも首を振らなかった。だが、新見にはそれで十分伝わってしまったようだった。
「自業自得、というものか。だが、あの人も私も、もともと一度は捨てる覚悟をした命。短かったが、悪くない余生だったさ」
 新見は、脇差を鞘から抜いた。行燈の薄明かりが反射し、刀身がきらりと光る。
「あの人がいる壬生浪士組の舵取りも大変だが、いなくなった後の壬生浪士組も、それ以上に大変な舵取りとなるだろうよ。果たしてお前たちにそれができるのか。あの世から見守っててやるさ」
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、新見は脇差を自身の腹に突き立てた。

 その様を、四人は黙って見つめていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

庚申待ちの夜

ビター
歴史・時代
江戸、両国界隈で商いをする者たち。今宵は庚申講で寄り合いがある。 乾物屋の跡継ぎの紀一郎は、同席者に高麗物屋の長子・伊織がいることを苦々しく思う。 伊織には不可思議な噂と、ある二つ名があった。 第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞しました。 ありがとうございます。

新撰組のものがたり

琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。 ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。 近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。 町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。 近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。 最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。 主人公は土方歳三。 彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...