浅葱色の桜

初音

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外堀から②

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 九月に入ると、歳三が「この前の政変の慰労会をやろう」と言い出した。
 場所は角屋。隊士総出で、宴会を行う。
 その手配に、さくらと平助、新八が向かった。この三人は、今回の暗殺計画をまだ知らされていない。同じ流派の新八と、うっかり口を滑らせてしまいそうな平助は、勇たちによって蚊帳の外に置かれていた。

「まあまあ島崎先生に藤堂先生、永倉先生まで。皆さんお揃いで。ご無沙汰してはりますなあ」
 女将は笑顔で三人を迎えてくれたが、心からの笑みとは到底思えなかった。気まずい空気が流れ、窒息してしまいそうだ。
 なぜ気まずいか、というと、実は芹沢はこの店でも揉め事を起こしている。
 以前、ここで宴会が開かれた時に店の者の態度が気にくわないとして、例の鉄扇でもって店内をめちゃくちゃに破壊した挙句、七日間の営業停止命令を勝手に出したのだ。もっとも、命令されずともそのくらいは店を閉めなければとても復旧できない状態になってしまったのだが。 
 それからなんとなく近藤一派の面々は角屋に寄り付かなくなっていたが、今回なぜか歳三はこの店を指定したわけだ。
「改めて、以前はうちの芹沢のせいでご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした」さくらは頭を下げた。
「その後、お店の方は大丈夫でしたか……?我々の心配など大きなお世話かとは思いますが」新八も続いた。
「へえ、おかげさまで、穴の開いた壁や障子も直りましたし、割れた食器も買い直しましたし、今は前と同じようにお店続けさせてもろてます」
 底の見えない女将の笑顔に、三人は「それはよかったです」と返すしかなかった。
 それから三人は本題に入り、一番広い松の間が最短でいつ空いているかを尋ねた。
「それでしたら、三日後、十六日がちょうど空いておいやす」
「あっ、そんなに近い日が空いているのですね」
 いくらなんでも急になってしまうだろうか、とさくらは新八と平助に聞いたが、「良いんじゃないですか。土方さんは最短って言っていたし」と平助が言うので三人はその日程に決めた。
 そして、どうせだからこのまま飲みにでも行こう、と三人は夜の花街に繰り出した。


 同じ頃、祇園の料亭の一室に、歳三、山南、総司、斎藤の四名が鎮座していた。
 歳三が少しだけ襖を開け、隣の部屋を覗く。
「いたぞ。へっ、女に囲まれて、いい気になってやらあ」
 歳三はほくそ笑んだが、こう見えて緊張している。
 隣の部屋では、新見が一人で酒を飲んでいた。馴染みの女に酌をされ、すっかり気が抜けている様子である。
 高級な店では入り口で刀を預けなければならないが、ここはそこまで格式高い店ではなく、部屋の片隅にある刀置きに大小二本が置かれている。
「土方くん、行きましょう」山南が言うと、歳三は襖を開けた。柱の死角に隠れた総司と斎藤を残し、二人は新見の前にどっかりと腰を下ろした。
「おや、土方山南両副長殿。こんなところで何を」新見は恭しく言った。一応、関係性は平隊士と副長。恭しくなるのも当然といえば当然なのだが、その口ぶりはねっとりと嫌味ったらしいものだった。
「最近、田中さんがここを贔屓にしていらっしゃると聞き及びましてね。折り入って、お話したいことがありましたので罷り越しました」山南がにこりと笑みを浮かべて言った。
「ほう、副長のお二人が雁首揃えて。どのようなお話でしょうな」新見は挑戦的に言い放った。
 山南は、女中も含め部屋にいた女たち全員に「あなた達は、少し席を外してくださいませんか」と声をかけた。女たちはただならぬことになりそうだと察したのか、おずおずと部屋を出ていった。
「随分堂々としているじゃねえか。芹沢の横ではへこへこしてるくせによ」歳三がふっと鼻で笑った。
「処世術というものだ。芹沢さんの覚えさえよければ、私がこうして馴染みの店に一人で来ようが誰も咎めぬ。あの梅という女のせいで名まで変える羽目になったが、あの女のおかげで芹沢さんの目が逸らされたのだから、良し悪しといったところだな」
 化けの皮が剥がれたかのように、新見はかつて自分が副長であった頃のように尊大な態度を見せた。一口酒を口にいれると、「それで」と歳三、山南を交互に見た。
「単刀直入に言う。先日の大和屋の一件、下手人を処断せよ、との達しが来ている」歳三が告げた。

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