浅葱色の桜

初音

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外堀から①

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 後に発生の日付から取って「八・一八の政変」と呼ばれたこの事件では、長州藩士ならびに長州に肩入れしていた公卿らが都を追われた。
 派手ないわゆる「戦」とはならず、御所への出入りを禁じられた長州派の志士らはあえなく撤退していった。
 壬生浪士組も例に漏れず、持ってきた槍や刀を使うことはなく、夕方には事態は収束、解散となった。
「なんだか、肩透かしだったな」
 と、さくら達はぼやいたが、前日夜から緊張しっぱなしだったものだから、屯所に帰営するなり全員泥のように眠ったのだった。

 そして八月の下旬、勇、山南、歳三の三人が黒谷の会津藩本陣に呼ばれた。
 内容は、十八日の一件のせいで記憶が薄れかけていた「大和屋焼き討ち」の件であろうかというのが大方の予想だった。
 ただ、芹沢や平山が呼ばれずにこの三人だけが呼ばれたのが不可解であった。
 勇は、最悪の事態を想定した。「お預かり」の関係解消か、はたまた切腹か。
 容保が言い渡したのは、「最悪の事態」とほぼ変わらない内容だった。
「芹沢を、なんとかせよ」
 容保はそう告げたのだった。
「失礼ですが、なんとかせよ、とは」山南が落ち着き払って言った。勇は動揺をなんとか隠しながら、山南の問いに対する容保の答えを待った。
「これ以上は言わぬ。だが、芹沢のやり方を今後も続けられては、”京都守護職”の面目が立たぬと申しておる」
 本気なのだ、と勇は容保の目を見て悟った。芹沢の牛耳る壬生浪士組を終わらせなければいけないのだ、と。
「承知致しました。それでは、我々の方で”なんとか”いたしましょう」
 容保は、うむ、と頷いた。その表情は、少し悲し気な色を帯びていた。
「時に」容保は突然話題を変えた。
「先日の御所への出動の件、ひと悶着あったがそなたらの行動の迅速さは高く評価したい。そこでだ。名前を考えた」
「名前……ですか?」勇があっけにとられたような顔をした。
「いつまでも壬生浪士組、では示しがつかぬであろう」
 容保は、自身の隣に置いてあった紙を仰々しく広げて見せた。
 そこには、「新選組」と書いてあった。

***

 屯所に戻った勇たち三人は、早速話し合いを行った。
「なんとかしろっていうのは、やっぱり……」勇は不安げな表情をして言った。
「なんだよ勝っちゃん、あの場で『なんとかします』って言ってたじゃねえか。斬るんだろ、芹沢を」
「やはり、そういうことだよなぁ。いやあ、あの場ではああ言ったが、本当にやるのかと思うと、な」
「近藤先生のお気持ちはよくわかります。この前の御所出動の時も、無事でいられたのは芹沢さんのおかげですし」山南が助け船を出した。
「そうなんだ。芹沢さんに恩がないわけじゃない。なんとかこう、国に帰ってもらうとか、そういうやり方でなんとかならないものか……」
「そんな要請に芹沢がハイそうですかと応じると思ってんのか?」歳三が一蹴した。
 勇はうーんと唸り目をぎゅっと閉じた。芹沢に出会ってから今までのことが走馬灯のように蘇る。志や気力・胆力、武士として手本になる面もあった。が、それ以上に思い出されるのは力士との乱闘騒ぎや佐々木、佐伯を死に追いやったこと、そして今回問題になっている大和屋への放火。
 このままいけば、いずれ芹沢がもっと過激なことをしでかすであろうことは、火を見るより明らかであった。
「わかった。よし、やろう」
 勇はそれだけ言うと、口を真一文字に結んだ。
「それにだ、勝っちゃん」ここまで合意したところで、歳三はニヤリと笑みを浮かべた。
「俺は、”新選組"の名は、壬生浪士組が俺たちのものになった時、近藤勇が唯一の局長になった時から使うべきだと考えている」
「それは私も同感です。その方が、隊士たちの士気も上がり、気持ちも新たに隊務に励めるでしょう」山南も続いた。
「しかし、名前をもらったのはこの前の出動の功労ゆえだろう。あれに関しては芹沢さんは暴挙どころか勇猛果敢なふるまいをしてくれたじゃないか」
「近藤さん」歳三が、改めて名前を呼んだ。
「俺たちはあいつを殺ると決めたんだ。芹沢の功績なんぞ、もう俺たちには関係ないことだ」
 歳三の鋭い目つきを見て、勇はゆっくりと頷いた。
 心を鬼にせねば、この難局を乗り越えることはできない。勇は歳三、山南の目を交互に見て、その固い意志を確認した。

 やる、と言っても、すぐに今晩寝首を掻きにいくというわけにもいかなかった。
 芹沢を斬るということは、同時に新見や平山といった芹沢の腹心たちも葬り去る必要がある。そうでなければ、新見や平山が芹沢にとって代わるだけ。いつまで経っても近藤派・芹沢派といった派閥の溝は埋まらない。
 さらに、他の隊士へ動揺が広がらぬよう、近藤一派が芹沢一派を直接手にかけた、ということがばれないようにことを進める必要もあった。
「さくらには、言わないでおこう」勇が静かに言った。
 歳三も山南も、これには同意とばかりに頷いた。
「あいつにとっては、芹沢さんは命の恩人だ。余計な心配をかける必要もないだろう」





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