浅葱色の桜

初音

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初陣③

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 門番は梃子でも動かないといった様子で芹沢を睨み付けた。
「そんな、何かの間違いです!我々は御花畠を守るようご指示を受けたのです」勇が食い下がった。
「知らぬ知らぬ!そなたらの手を借りずともこの場は間に合っておる」
「では、広沢様か山本様にお取り次ぎを。我々のことをよくご存知ですから」山南が門番に笑いかけたがその目は笑っていない。
「取り次げるわけがなかろう。お二人とも忙しいのだ」
「では、今ここであなたの判断で我々を兵に加えていただくということで如何でしょう。確かに我らは烏合の衆と言われても否定はできませんが、ここにいるのは腕に覚えのある者ばかり。いないよりはマシでしょう」
 門番はそのような判断が自分の一存で下せるわけがない、と言いたげであったが、口に出すのは屈辱なのか、ぐぬぬと口を結ぶに止まった。そして、力技に出た。
「ええい、とにかく通すわけにはいかぬ!者共、追い払え!」
 横一列に並んでいた藩士らが、壬生浪士組を取り囲み、槍を向けた。少しでも動けば心の臓に刺さるような位置で、穂先がきらめいた。
 これには、一同大なり小なり肝を冷やした。あからさまに「うわぁっ」と声を上げてじりりと一歩下がるものもいたが、さくらを始め副長助勤以上の者は冷静に藩士らを睨みつけた。
「斬り捨てますか?」さくらの隣に立っていた平助が鯉口を切った。
「待て。仮にも相手は会津の兵だ」さくらは小声で言った。下手に動いて触発すれば、危ないのはさくら達の方なのだ。
「でも、このままこうしていても仕方ないですよ」後ろに控えていた島田が言った。
 島田の言うことももっともであった。が、皆どうすればよいかわからず、身動き一つ取れなかった。
 その時、ジャッと金属の擦れる音がした。
「俺たちはあんたらの仲間だと言っている。この羽織、あの誠の旗。会津候に忠誠を誓い帝のために身命を賭して働くという意気込みの表れだってのに何故わからん。俺たちの敵は長州のやつらだろ。仲間割れしてどうすんだ」
 芹沢が、鉄扇で自らの目の前に突きつけられた槍をなぎ払った。
 まさか扇子一本で槍をどけられると思っていなかった藩士たちは一瞬たじろぎ、隙ができた。
 芹沢はそこを突破口に、静かに、だが次々と槍を下ろさせていく。
「それとも何か?あんた、門番の振りして長州とつるんでるか何かか?なあ、それなら頑なに通さないわけだよな?」
「うるさい、無礼であるぞ!」
「無礼はどっちだ」
「そなたら、何をしている!」
 藩士らの群れの向こうから声がした。
 人垣が割れ、現れたのはまさに先ほど取り次いでくれと言った広沢であった。
「壬生浪士組の面々ではないか。これはどういうことだ。そなたら、ひとまず槍を下げよ」
 広沢の指示で、壬生浪士組の隊士たちは槍から解放された。 
「ひっ、広沢様!この得体の知れない連中が門の中に入ると言って聞かないのです!」門番は悲痛な叫びを訴えた。が、
「何を言う。この者らは壬生浪士組。れっきとした殿のお預かりの者共であるぞ」と広沢は助け船を出してくれた。
「先ほど指令を出したばかりだというのに、もう参ったのか」広沢はすぐ側にいた歳三に尋ねた。
「いかにも。我らいつ指令が出てもいいように昨晩から武装して時を待っておりました」歳三が得意げな顔で、少し皮肉――待たせやがって、という恨み節――を込めて言い放った。
「天晴れだ。迅速な出動、感謝する。門を開けよ!」
 広沢の一声で門が開いた。
 芹沢は、さくらが見る限りでは一番の得意顔で高らかに声をかけた。
「壬生浪士組!御花畠――凝華洞の警護に付く!」
 おうっ!と隊士らは意気揚々と門を通り抜けた。
 いよいよだ、とさくらは拳を握りしめた。
 皆が誇らしげに、晴れやかな表情で行軍しているので、さくらはきっと今自分もこのような幸せそうな顔をしているのだろうと思った。

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