浅葱色の桜

初音

文字の大きさ
上 下
119 / 205

初陣②

しおりを挟む
 屯所に戻ると、山南の指示のもと、皆武器や防具の用意にバタバタとしていた。
 用意、といっても、普段稽古をする時のような格好に毛が生えた程度のものである。何しろ、全員にきっちりした装備をさせてやれるほど、壬生浪士組は裕福ではなかった。
 さくら達も武具の用意をし、総勢四十余名の壬生浪士組隊士は、完成したばかりの道場に集まった。
「島崎先生、土方さん見ませんでした?」総司がキョロキョロとあたりを見回した。さくらも道場に集まった隊士の顔をひとりひとり目視したが、歳三の姿はない。
 やがて全員が用意を終え、「土方副長がいないぞ」などとざわつき始めたところに、ようやく歳三が現れた。
「今日こそ、この旗を掲げるべきだと思う」
 歳三は手にしていた赤い布を両手いっぱいに広げた。何か書いてあるがあまりに大きい布なのでたわんでしまいよく見えない。さくらはすかさず駆け寄って布の端を持ち、歳三と一緒に広げた。
 おおーっと隊士らの感嘆の声が漏れた。
 さくらも、完成品を見たのは初めてだった。
 旗だ。壬生浪士組の、隊旗である。
 中央には「誠」の文字が、白く、大きく染め抜かれていた。
 今着ている羽織と同じくダンダラ模様もついている。
 浅葱の羽織は芹沢の金策によって資金を得たが、この隊旗は歳三の金策(つまりは日野の佐藤彦五郎の金だが)によって得た金で作った。よって、勇の好きなダンダラ模様と、「武士といえば赤だろう」というほぼ歳三の好みが多分に反映されている。
 ひと月程前に出来上がってはいたが、ここぞという時に掲げるのだ、と歳三の自室にしまわれていた。「ここぞという時」がついぞ来なかったらどうするのだとさくらは思わないでもなかったが、時は来た。
 勇が引き受け、隊士らの前に立って説明した。
「みんな、これはおれ達の覚悟・思いを一字に込めたものだ。この旗を掲げ、御所までまかり通る!」
 隊士らは、今度は気合いの「応っ!」という声を上げた。

 おおいに士気の上がった壬生浪士組であったが、結局会津から指示があったのは日も上ろうとする頃であった。
 勇やさくら、歳三などは興奮から眠ることなどできなかったものの、大多数の者がうとうとと舟を漕いでいた。そんな彼らを覚醒させたのは、「壬生浪士組はいるか!」という野太い声だった。
 道場の入口に、武装した男が立っていた。
「会津侯の命で参った。壬生浪士組、出動命令だ」
 勇と芹沢はがばっと立ち上がり慌てて男に駆け寄った。さくらを含め、他の隊士は二人の後ろから遠巻きに様子を見た。
 やがて、
「承知いたしました。壬生浪士組、身命を賭してお役目果たしてご覧にいれます」
 と芹沢が言うのが聞こえた。
 使いの男が去ると、芹沢と勇が全員に向き直った。
「壬生浪士組、これより御所御花畠おはなばたけの警護に向かう!」芹沢がもったいぶった調子で言った。 
 が、おはなばたけ、という言葉に拍子抜けしたのか、隊士らは一瞬間を置いてから「承知!」と声を上げた。
「おはなばたけって、お花畑?」さくらはたまたま隣にいた左之助に聞いた。
「なーんか気の抜ける場所だな。そんなとこ守ってどうすんだ?」
 二人の会話を聞いた山南が、冷静に言った。
「御花畠は通称です。本当は凝華洞ぎょうかどうと呼ばれる場所で、殿がそこに仮宿所を構えているそうですよ」
「さっすがサンナンさん、なんでも知ってんのな」左之助が舌を巻いた。

 日は上っていたが、秋のひんやりした風が寝不足のさくら達に冷たくみた。
 勇、芹沢、山南が先頭に立ち、歳三、平山の両副長が殿しんがりを務めた。さくら達副長助勤は隊列の中にバラバラに配されている。
 御所の近くまで来ると、あたりは異様な緊張感に包まれていた。
 京のはずれや大坂で、小者の浪士を一人一人捕まえるような捕り物とは違う。これは戦なのだと、口にせずとも皆そんな思いを共有していた。
 一同は堺町御門から御所の敷地内に入るつもりで向かったが、ここで思わぬ壁が立ちはだかった。
「何者だ、その方ら」
 門番をしていた男が警戒心を剥き出しにして言った。 
 その台詞を聞いたさくらは勇の頭越しに門番を睨んだが、果たして伝わっているか否か。
 完全に不審者を見るような目をしている門番に、芹沢が言った。
「俺たちは会津藩お預かりの壬生浪士組だ。殿の命に従い参上つかまつった」
「壬生浪士組ぃ?ああ、何やら烏合の連中を配下にしたという話だったな。だがな、お前たちの出る幕ではない。そのような命が下っているなど聞いておらぬぞ。通すわけにはいかぬ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

新撰組のものがたり

琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。 ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。 近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。 町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。 近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。 最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。 主人公は土方歳三。 彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

庚申待ちの夜

ビター
歴史・時代
江戸、両国界隈で商いをする者たち。今宵は庚申講で寄り合いがある。 乾物屋の跡継ぎの紀一郎は、同席者に高麗物屋の長子・伊織がいることを苦々しく思う。 伊織には不可思議な噂と、ある二つ名があった。 第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞しました。 ありがとうございます。

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

毛利隆元 ~総領の甚六~

秋山風介
歴史・時代
えー、名将・毛利元就の目下の悩みは、イマイチしまりのない長男・隆元クンでございました──。 父や弟へのコンプレックスにまみれた男が、いかにして自分の才覚を知り、毛利家の命運をかけた『厳島の戦い』を主導するに至ったのかを描く意欲作。 史実を捨てたり拾ったりしながら、なるべくポップに書いておりますので、歴史苦手だなーって方も読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...