浅葱色の桜

初音

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初陣②

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 屯所に戻ると、山南の指示のもと、皆武器や防具の用意にバタバタとしていた。
 用意、といっても、普段稽古をする時のような格好に毛が生えた程度のものである。何しろ、全員にきっちりした装備をさせてやれるほど、壬生浪士組は裕福ではなかった。
 さくら達も武具の用意をし、総勢四十余名の壬生浪士組隊士は、完成したばかりの道場に集まった。
「島崎先生、土方さん見ませんでした?」総司がキョロキョロとあたりを見回した。さくらも道場に集まった隊士の顔をひとりひとり目視したが、歳三の姿はない。
 やがて全員が用意を終え、「土方副長がいないぞ」などとざわつき始めたところに、ようやく歳三が現れた。
「今日こそ、この旗を掲げるべきだと思う」
 歳三は手にしていた赤い布を両手いっぱいに広げた。何か書いてあるがあまりに大きい布なのでたわんでしまいよく見えない。さくらはすかさず駆け寄って布の端を持ち、歳三と一緒に広げた。
 おおーっと隊士らの感嘆の声が漏れた。
 さくらも、完成品を見たのは初めてだった。
 旗だ。壬生浪士組の、隊旗である。
 中央には「誠」の文字が、白く、大きく染め抜かれていた。
 今着ている羽織と同じくダンダラ模様もついている。
 浅葱の羽織は芹沢の金策によって資金を得たが、この隊旗は歳三の金策(つまりは日野の佐藤彦五郎の金だが)によって得た金で作った。よって、勇の好きなダンダラ模様と、「武士といえば赤だろう」というほぼ歳三の好みが多分に反映されている。
 ひと月程前に出来上がってはいたが、ここぞという時に掲げるのだ、と歳三の自室にしまわれていた。「ここぞという時」がついぞ来なかったらどうするのだとさくらは思わないでもなかったが、時は来た。
 勇が引き受け、隊士らの前に立って説明した。
「みんな、これはおれ達の覚悟・思いを一字に込めたものだ。この旗を掲げ、御所までまかり通る!」
 隊士らは、今度は気合いの「応っ!」という声を上げた。

 おおいに士気の上がった壬生浪士組であったが、結局会津から指示があったのは日も上ろうとする頃であった。
 勇やさくら、歳三などは興奮から眠ることなどできなかったものの、大多数の者がうとうとと舟を漕いでいた。そんな彼らを覚醒させたのは、「壬生浪士組はいるか!」という野太い声だった。
 道場の入口に、武装した男が立っていた。
「会津侯の命で参った。壬生浪士組、出動命令だ」
 勇と芹沢はがばっと立ち上がり慌てて男に駆け寄った。さくらを含め、他の隊士は二人の後ろから遠巻きに様子を見た。
 やがて、
「承知いたしました。壬生浪士組、身命を賭してお役目果たしてご覧にいれます」
 と芹沢が言うのが聞こえた。
 使いの男が去ると、芹沢と勇が全員に向き直った。
「壬生浪士組、これより御所御花畠おはなばたけの警護に向かう!」芹沢がもったいぶった調子で言った。 
 が、おはなばたけ、という言葉に拍子抜けしたのか、隊士らは一瞬間を置いてから「承知!」と声を上げた。
「おはなばたけって、お花畑?」さくらはたまたま隣にいた左之助に聞いた。
「なーんか気の抜ける場所だな。そんなとこ守ってどうすんだ?」
 二人の会話を聞いた山南が、冷静に言った。
「御花畠は通称です。本当は凝華洞ぎょうかどうと呼ばれる場所で、殿がそこに仮宿所を構えているそうですよ」
「さっすがサンナンさん、なんでも知ってんのな」左之助が舌を巻いた。

 日は上っていたが、秋のひんやりした風が寝不足のさくら達に冷たくみた。
 勇、芹沢、山南が先頭に立ち、歳三、平山の両副長が殿しんがりを務めた。さくら達副長助勤は隊列の中にバラバラに配されている。
 御所の近くまで来ると、あたりは異様な緊張感に包まれていた。
 京のはずれや大坂で、小者の浪士を一人一人捕まえるような捕り物とは違う。これは戦なのだと、口にせずとも皆そんな思いを共有していた。
 一同は堺町御門から御所の敷地内に入るつもりで向かったが、ここで思わぬ壁が立ちはだかった。
「何者だ、その方ら」
 門番をしていた男が警戒心を剥き出しにして言った。 
 その台詞を聞いたさくらは勇の頭越しに門番を睨んだが、果たして伝わっているか否か。
 完全に不審者を見るような目をしている門番に、芹沢が言った。
「俺たちは会津藩お預かりの壬生浪士組だ。殿の命に従い参上つかまつった」
「壬生浪士組ぃ?ああ、何やら烏合の連中を配下にしたという話だったな。だがな、お前たちの出る幕ではない。そのような命が下っているなど聞いておらぬぞ。通すわけにはいかぬ」
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