浅葱色の桜

初音

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それぞれのやり方③

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 案の定、芹沢、以下新見、平山、野口、八木邸に住む平隊士らがそこに立っていた。
 顔が赤い。酒が入っている。
 まずい、とさくらは思った。
「芹沢さんっ!どうしてここに」さくらは一応とぼけてみた。
「どうしてここに、はこっちの台詞だ。この時分になればここの親玉が戻ると思ったから来てやったんだよ」
「それならば山南さんの指示のもと私たちで調べています。芹沢さんのお手を煩わせるわけにはいきませんから、ここは私たちにお任せください」
「ってえことは、いるんだな?それで、しらばっくれていると」
「しらばっくれているかどうかはわかりません。今山南さんが事情を聞き出そうとされています。私たちはその間に帳簿や蔵を改めているまで」
「そんなまどろっこしいことしたって、あいつに痛い目を見せなきゃわからねえだろ。やれ」
 芹沢は顎でくいっと後ろに合図すると、新見が持っていた松明を店の中に投げ入れた。
 火はたちまち壁から燃え移り、あっという間にあたりは熱気に包まれた。
「芹沢さん!!何故にこのようなことを!」
 さくらの声を無視し、芹沢たちは踵を返して店を出ていった。
「誰か!水を!」
 女中が二人出てきた。一人はさくらが喉でも乾いたのかと思ったのか、湯飲み一杯分の水を入れて現れた。
「火事です!そっちのあなたはすぐに皆に知らせて!逃げてください!あなた、桶にいっぱいの水を!」
 ひいぃっと悲鳴を上げて、女中たちは右往左往した。
 水を、とは言ったもののすでに水で消火できる範囲を超えていた。さくらと店の入り口の間にはすでに火の手が上がり、正面から出ることはできなかった。
「島崎先生!」
 入り口の向こうから、総司の声がした。
「総司か!?」
「はい、二階から飛び降りました!幸いまだ裏の方は燃えていません。私は火消しの手配をしますから、山南さんたちと逃げてください!」
 総司には見えていないとわかりつつも、さくらはこくりと頷き、女中たちを奥へ追い立てながら山南と庄兵衛のいる部屋へ走った。
「火事です!表はもう無理です。裏から逃げてください!」
「火事やて!?なんでまた!」
「まさか、芹沢さんが……!」
 山南が信じられないというような顔をしたが、さくらが首を一度縦に振ると、苦々しげな顔をして立ち上がった。
「わかりました。とにかく今は身の安全が最優先。ご主人、裏口まで案内してもらいますよ」
 さくらと山南、そして大和屋で働く奉公人たちや妻子も逃げ出した。
 全員、命に別状はなかったが、店はごうごうと燃え盛る炎につつまれていた。
「ああ、わての店が……そや、く、蔵は大丈夫やろか!?」
 庄兵衛は鉄砲玉のように駆け出し、蔵へ向かった。
 さくらも山南も、斎藤が心配だったので加勢の意味でそちらへ向かった。

 蔵の前には斎藤と、十数人の商人体の男たちがにらみ合っていた。
「あんたら、正気か」斎藤が淡々と言った。
「そや。この際や。ここのせいでわてらは商売上がったりやったんや」
「今なら罪もあんたら壬生浪がかぶってくれはるしなあ」
 男たちは、手に手に松明を持ち、威嚇するように斎藤を見ていた。斎藤は涼しい顔をしたまま、その場に現れたさくら達をちらりと見やった。
「ならば俺に止める謂われはない。もっともあんたらがこの騒ぎに便乗しているというのは知れているがな」
 その言葉に、松明を持った男たちは斎藤の視線の先を振り返った。庄兵衛がいるのを見ると、「ひっ」と怖気づいたような顔を浮かべた。
「お前ら、やめたれ!正気の沙汰やない!」庄兵衛が訴えた。
「う、うるさいうるさい!正気の沙汰やないのはそっちや!」
「もう後には引けん!やってまえ!」
 男たちは蔵に松明を投げた。斎藤は蔵の前から離れ、さくら達と合流した。
「そちらの火は誰が」
「芹沢さんだ」
「やはりそうですか」

 往来に出て大和屋の向かい側の家を見ると、屋根の上に芹沢がいた。手にしている酒瓶から、ごくごくと飲んでいる。
 さくらはいてもたってもいられず、屋根に上り、芹沢のもとへ向かった。
「芹沢さん、火を消してください」
「なんだあ?島崎か。今沖田が火消しを呼んでいるからじき止まるだろう」
「私があなたにこれを言うのは、二度目です」
 芹沢の目の奥に、光が宿ったように見えた。
「なあ、近藤さくらよ」
 そう呼ばれ、さくらは驚きに口ごもった。
「たった半年で、俺たちゃ随分遠くへ来たもんだ」
 その言葉の意図が、さくらにはわからなかった。
 火災の明かりで煌々と照らされた芹沢の頬には、うっすらとした傷跡が浮かび上がって見えた。




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