浅葱色の桜

初音

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それぞれのやり方②

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 滞りなく始まった壬生寺相撲興行の方は、今まさに最後の見せ場、というところだった。
「行けーっ!東ー!」さくらは我を忘れて叫んでいた。
「西、ヘマすんじゃねえぞ!」左之助の声が響く。
 さくら、新八、総司は東の組に、左之助、歳三、平助は西の組に、小遣い程度の金を賭けていた。「勝手な金策」は禁じられていたが、今日は無礼講である。
 対象となるのは五試合であったが、ここまで二勝二敗。
 次の一戦で本当の勝敗が決まるとあって、一同は手に汗握っていた。
 壬生浪士組の者だけでなく近隣の住民も呼んでいたものだから、寺の境内だというのに各々の声援で異様に騒がしかった。
「白熱してますねえ」
 さくらの横に、巡察から戻ってきた山南が立った。
「わっ、山南さん、お疲れ様でした。こっちはすっかり楽しんでしまっていて……」さくらは申し訳なさそうに言うと、土俵に視線を戻した。
「それは何より。近隣の皆様との親睦を深めるという大事なお役目ですから」
 ふわりと微笑む山南に、自分たちは賭けをしているのだとはなんとなく言えないさくらなのであった。
「それはそうと島崎さん」山南は急に声を潜め、さくらに顔を近づけてきた。
「えっ、な、なんですか?」
「今夜、お手隙ですか」
「は、はい、特に用事はありませんが……」
 いったい何だろうと、さくらはどぎまぎしながらも山南の言葉を待った。
「先日から目をつけていた大和屋ですが、主人が今夜戻るという話でした。芹沢さんが強引なやり方をする前に、こちらで穏便に済ませたいと思っています。一緒に来ていただけますか」
 あ、仕事の話か、と内心拍子抜けしたが、さくらは「ええ。構いませんよ」と答えた。そして、くすりと笑みをこぼした。
「何か?」山南が不思議そうに尋ねた。
「いえ。山南さんは、本当にお優しい方だなと思って」
「買いかぶりですよ。私たちの仕事は、京の治安を守ることですから」
 その時、「西い~!富士ノ海の勝ち!」という行司の声が聞こえた。
「ああっ!負けた!!」さくらは落胆を隠しもせず叫んだ。
「やっりぃ~!新八っつぁーん!総司いー!島崎さーん!一人一朱(一両の十六分の一)、よろしくな!」
 左之助がにっしっし、と笑いながら言うのでさくらはやれやれとため息をついた。
 ふと山南を見ると、声を殺してくっくっと笑っていた。
「賭けてたんですか」
「ええ、恥ずかしながら負けてしまいましたが」
「ならば、今度原田くんたちに何かおごってもらいましょう」

 相撲興行は盛況のうちに幕を閉じ、日が暮れた。
 平隊士や下っ端の力士たちは壬生寺の片づけに精を出し、勇や歳三、源三郎は小野川らとの親睦を深めるということで島原に繰り出した(今日の収入をすべて使いきらないよう、さくらは勘定方の河合と共に釘を刺した)。
 そして、さくら、山南、総司、斎藤といった面々で、大和屋に向かった。
「ご主人はいらっしゃいますか」
 山南が朗々とした口調で言った。すぐに昼間の下男が出てきて、浅葱色の羽織集団に一瞬ぎょっとした顔をしたが、芹沢がいないとわかるとほっと胸を撫でおろしたようである。
「へえへ、帰ってきてますよって、奥へどうぞ」
 下男はあっさりとさくら達を奥の間へ通してくれた。
「昼間は門前払いだったのにな」斎藤が、ポツリとつぶやいた。
 やがて奥の間に通されると、主人の庄兵衛と名乗る男が入ってきた。
「いやあ、皆さんお揃いで」にっこりとした不自然な笑みをうかべて、庄兵衛は恭しくさくら達に挨拶した。
 山南も同じく対外用の笑みを浮かべると、一気に要件を話した。
「夜分に申し訳ありません。本日参ったのは他でもない。単刀直入に言いましょう。生糸の買い占め、ならびに物価の変動に影響するような値のつけ方をおやめいただきたい。この頃生糸が高くなったせいで困窮する商家も多いのです。さらに、あなたが儲けたお金が過激な尊王攘夷派に流れているという話。我々は、彼らの取り締まりを行う身として、これを看過することはできません」
 庄兵衛の額に汗が浮かんだ。
「さあ、なんのことやら。確かにうちは外国から生糸を仕入れていますが、不当に買い占めるようなことはしておりまへん」
「そうですか。では、調べさせていただきます」
 えっ、と庄兵衛が狼狽の色を浮かべた時には遅かった。
 山南の言った「穏便に」というのは飽くまでも暴力には頼らないという意味であって、強制的に店の中を改めることは「穏便」のうちに入るものだった。
 さくらは帳簿を出させるべく女中部屋へ、総司は店の二階に上がり、斎藤は蔵へ向かった。
 だが、持ち場についたのもつかの間、
「主人はいるか!この店を改める!」
 と店の入り口の方から声がした。聞きなれた声だ。
 一番入口に近かったさくらが飛び出していった。
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