浅葱色の桜

初音

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それぞれのやり方①

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 すっきりとした秋晴れの空を見上げて満足そうに微笑んださくらは、壬生寺の門をくぐった。
「総司、平助、土俵の準備は順調か?」
 二人は、門を入ってすぐのところで入場受付の準備をしていた。
「あの通り、もうすぐ終わりますよ」総司が境内の中央を指した。隊士らが額に汗を浮かべながら土を盛り、土俵を作っている。歳三が「そっちの方、凹凸ができてるぞ!」などと指示を飛ばしている。
 佐々木の死、それに続く佐伯の死で壬生浪士組の中には重苦しい空気が流れていたが、今日はそうも言っていられなかった。
 かねてより、壬生寺の境内で相撲の興行が行われることになっていたのだ。相撲を取るのは、あの小野川部屋の力士たちである。
 彼らは大坂相撲を本拠としていたが、例の一件で壬生浪士組とのつながりができたことをきっかけに、京の都でも興行を打とうということになったのだ。
 小野川部屋としては、新たな土地での新規客開拓が見込め、壬生浪士組としては、「壬生浪だってたまには娯楽の提供もするんですよ」という近隣住民への汚名返上効果を見込んでいる。また、観覧料は折半することになっており、商家からの借金ではなく、純粋な収入として金が入ってくるというのが壬生浪士組にとっては願ってもないことであった。
 すでに力士たちは壬生に入っており、屯所では勇や源三郎が接待をしている。
 さくらもその接待役の一員であったが、会場の様子が知りたいという小野川の要望を受け、壬生寺に来たというわけだ。
「予定通り、八つ(午後二時頃)には始められそうだな」さくらは土俵の様子を眺めながら、にこりと微笑んだ。

 一方で、全員が相撲興行にかかり切りでは、これを好機とばかりに不逞の浪士が悪さを働いてしまう。ということで通常通り巡察をしている者たちもいた。
 その面々は、芹沢を筆頭に、山南、斎藤、平山、以下数人の平隊士である。
 ”近藤勇率いる壬生浪士組”は小野川部屋と和解したが、やはり小野川部屋の心情としては、直接力士に手を下した芹沢、その場に居合わせた腰巾着の筆頭である平山に対してはわだかまりのような気持ちを持っていた。
 芹沢自身も気まずいのか、珍しく自ら巡察役を買って出た。
 そしてお目付け役のような形で供についたのが、山南と斎藤である。
 芹沢たちは葭屋町よしやまちにある大和屋という生糸商に目をつけていた。
 一昔前より外国との生糸の交易は盛んになっていたが、この大和屋というのは生糸を買い占めることで物価を吊り上げ私腹を肥やし、その資金を過激派尊攘浪士に横流ししているという情報があった。
 あまり褒められたやり方ではないが、その流している資金を壬生浪士組に提供せよと迫ることで、物価の吊り上げ、尊攘派への金銭流入を阻止するというのが、芹沢の立てた作戦であった。
「なんだ、山南、文句でもありそうな顔だな」
 芹沢は山南に対し不満げな表情を見せた。
「いえ、概ねその通りだと思います。まずは生糸の値段を適正な価格に戻さねばなりませんし。ただ」
「ただ?」
「その、資金を我々に寄越せと迫るのはいかがなものでしょう。それでは民の怒りの矛先が尊攘派からこちらへ向くだけだ。金のことなら、今日の相撲興行でいくらか実入りがありますし」
「はっ、そんなはした金でうちの荒くれ連中は養えねえぞ。それに、俺たちゃ別に町のやつらに好かれるためにこんなことやってるんじゃねえんだ」 
 山南は反論するだけ無駄だ、と思いそれ以上何も言わなかった。芹沢が暴挙に出れば止めるまで。しばらくは様子を見ようと決め込んだ。
「主人はいるか。この店を改めさせてもらう」芹沢の声が響いた。
 奥の方で、女中が「み、壬生浪!」と声を上げ、他の女中に「シッ」とたしなめられているのが見受けられた。
 やがて一人の男が出てきた。
「芹沢せんせやないですか。えろうすんまへんなあ。主人はあいにく留守にしてますよって」
 名乗っていないのに、芹沢の名を呼び、取り繕うような笑顔を見せる。
 上洛から約半年。壬生浪士組、ならびに芹沢の名も少しは知れるようになっていた。
「留守だと?」
 芹沢は少し考えこむような素振りを見せ、男にこう告げた。
「主人に伝えろ。天誅を目論む連中に資金を流しているだろう。そういう連中に流す金があるなら俺たちが京の治安維持に使ってやる、とな」
 芹沢はチャキ、と音を立てて鯉口を切った。すぐに目の前の男を斬り捨てるわけではないが、従わなかったらどうなるかわかっているな、という無言の脅しとなった。
「ご主人殿は、いつお戻りに」山南が尋ねた。目だけは笑っていない笑顔は、「嘘はつかせぬ」と言わずとも語っていた。
「へ、へえ、夜には戻らはります……」
 下男はすっかり怯えた表情で答えた。
 それを聞いた芹沢らは、満足げに大和屋を後にした。
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