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三人の犠牲者③
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無残な姿となった佐伯の体を、少し広くて人気のないところに引き上げ、三人は調べ始めた。
「島崎先生、これ」総司が佐伯の肩のあたりを指した。細い長方形の痣ができている。
「これって……」
「鉄扇で叩かれた跡か?となると、まさか芹沢の仕業か……?」歳三は驚きに目を見開いてさくらと総司を見た。さすがの芹沢でも、仲間を殺めるようなことはしないだろう、と三人の意見は一致していたが、反面、嫌な予感もしていた。
それからさくら達は島原で目撃情報を聞いて回った。ここでは比較的壬生浪士組の面々は顔を知られていたから、「うちの佐伯又三郎を見ませんでしたか」と聞けば、皆見たか、見ていないか、を簡潔に答えた。
そして、とある見世の女将がこう言った。
「三日ほど前でしたやろか。いつもの面々でしたわ。芹沢はんと、新見はん、あ、今はお名前違うんやったっけ? あとは、佐伯はんに平山はん。なんや、佐伯はんがえろう怒られてましたえ」
「だ、誰に……?」さくらはごくりと唾を飲んだ。
「そらもちろん、芹沢はんや。あの人、お酒入ると声が大きゅうなるやろ?丸聞こえでしたえ」
「内容は」歳三が鋭い視線を女将に向けた。
「なんや、『なんであいつらを逃がした』とか、『女の方は生かして連れてくればよかったのに』とか」
「あいつら、とは」
「さあ、そこまでは」
それ以上は、女将からは引き出せなかった。
だが、「あいつら」が佐々木たちのことで、特に「女の方」はあぐりであろうということは容易に想像がついた。
屯所に取って返して、酒が抜けている日の高いうちに事情を聞こうと、さくらと源三郎は平山に、歳三と総司は新見に、山南と左之助は芹沢に、それぞれ話を聞きにいった。
その中で、まずまともに証言らしい証言をしたのは平山であった。
「佐々木が、芹沢さんにいちゃもんつけられてた話は知ってるか」
そこまでは知っていたので、さくらは「ええ」と頷いた。
「それで、あいつら、佐々木とあぐりって女だが、駆け落ちしようとしてたみたいだぜ?それを佐伯が手引きしたんだ」
「なっ」
さくらと源三郎は息をのんだ。佐々木がそこまで思い詰めていたのかと、さくらは胸が締め付けられる思いがした。
「それでなぜ、佐々木とあぐりさんが死なねばならぬのですか」さくらは声を震わせた。
「佐伯が、あぐりを手籠めにしようとしたからだ。邪魔な佐々木を斬り、あぐりに乱暴をし、あぐりは舌を噛んだって寸法だ」
俄かには信じがたかった。
佐伯というのは、剣術の腕こそ確かであったが、普段はすっかり芹沢の腰巾着のひとりとなり、コソコソと目立たぬ男という印象であった。それが、こんな事態を引き起こすとは。
「平山さん」源三郎がゆっくりと言った。
「なぜあなたはそんなに詳しく知っているのですか」
平山の表情に、一瞬動揺の色が浮かんだ。
「島原で飲んでいたら、自分でぺらぺらとしゃべりやがったんだ。気が大きくなったんだろうな」
「それで、佐伯さんを殺したのは」
源三郎は平山に笑顔を向けたが、目は笑っていなかった。源三郎のそんな冷ややかな笑顔を、長い付き合いだというのにさくらは初めて見た。
「知らないね。俺は田中さんみたくなりたくないからな。面倒ごとに巻き込まれそうになる前に、さっさと女のところに行くのさ」
三者の話を聞き終えた六人と、勇、平助、左之助、斎藤が集まり、話を総合した。
山南が、苦々し気な顔で芹沢の話した内容を告げた。
『佐伯は佐々木を殺した。だから斬った。法度に背いたからだ。“仲間内の争いはご法度”という規則を作ったのあんたらと仲良しの土方だろう。何の文句がある』
と、悪びれもせず言ってのけたらしい。
「くそっ。それじゃ芹沢をしょっ引けねえじゃねえか」歳三が、ダンっと大きな音を立てて畳に拳をついた。
皆、同じ思いだった。
諸悪の根源はわかっているのに、追い詰められない。
飽くまでも芹沢は局長として「仲間殺し」を犯した隊士を処断したのだ。
一同はなんとも言えない「つかえ」を感じながらも、至極真っ当な話としてこの件は落着させるしかなかった。
「島崎先生、これ」総司が佐伯の肩のあたりを指した。細い長方形の痣ができている。
「これって……」
「鉄扇で叩かれた跡か?となると、まさか芹沢の仕業か……?」歳三は驚きに目を見開いてさくらと総司を見た。さすがの芹沢でも、仲間を殺めるようなことはしないだろう、と三人の意見は一致していたが、反面、嫌な予感もしていた。
それからさくら達は島原で目撃情報を聞いて回った。ここでは比較的壬生浪士組の面々は顔を知られていたから、「うちの佐伯又三郎を見ませんでしたか」と聞けば、皆見たか、見ていないか、を簡潔に答えた。
そして、とある見世の女将がこう言った。
「三日ほど前でしたやろか。いつもの面々でしたわ。芹沢はんと、新見はん、あ、今はお名前違うんやったっけ? あとは、佐伯はんに平山はん。なんや、佐伯はんがえろう怒られてましたえ」
「だ、誰に……?」さくらはごくりと唾を飲んだ。
「そらもちろん、芹沢はんや。あの人、お酒入ると声が大きゅうなるやろ?丸聞こえでしたえ」
「内容は」歳三が鋭い視線を女将に向けた。
「なんや、『なんであいつらを逃がした』とか、『女の方は生かして連れてくればよかったのに』とか」
「あいつら、とは」
「さあ、そこまでは」
それ以上は、女将からは引き出せなかった。
だが、「あいつら」が佐々木たちのことで、特に「女の方」はあぐりであろうということは容易に想像がついた。
屯所に取って返して、酒が抜けている日の高いうちに事情を聞こうと、さくらと源三郎は平山に、歳三と総司は新見に、山南と左之助は芹沢に、それぞれ話を聞きにいった。
その中で、まずまともに証言らしい証言をしたのは平山であった。
「佐々木が、芹沢さんにいちゃもんつけられてた話は知ってるか」
そこまでは知っていたので、さくらは「ええ」と頷いた。
「それで、あいつら、佐々木とあぐりって女だが、駆け落ちしようとしてたみたいだぜ?それを佐伯が手引きしたんだ」
「なっ」
さくらと源三郎は息をのんだ。佐々木がそこまで思い詰めていたのかと、さくらは胸が締め付けられる思いがした。
「それでなぜ、佐々木とあぐりさんが死なねばならぬのですか」さくらは声を震わせた。
「佐伯が、あぐりを手籠めにしようとしたからだ。邪魔な佐々木を斬り、あぐりに乱暴をし、あぐりは舌を噛んだって寸法だ」
俄かには信じがたかった。
佐伯というのは、剣術の腕こそ確かであったが、普段はすっかり芹沢の腰巾着のひとりとなり、コソコソと目立たぬ男という印象であった。それが、こんな事態を引き起こすとは。
「平山さん」源三郎がゆっくりと言った。
「なぜあなたはそんなに詳しく知っているのですか」
平山の表情に、一瞬動揺の色が浮かんだ。
「島原で飲んでいたら、自分でぺらぺらとしゃべりやがったんだ。気が大きくなったんだろうな」
「それで、佐伯さんを殺したのは」
源三郎は平山に笑顔を向けたが、目は笑っていなかった。源三郎のそんな冷ややかな笑顔を、長い付き合いだというのにさくらは初めて見た。
「知らないね。俺は田中さんみたくなりたくないからな。面倒ごとに巻き込まれそうになる前に、さっさと女のところに行くのさ」
三者の話を聞き終えた六人と、勇、平助、左之助、斎藤が集まり、話を総合した。
山南が、苦々し気な顔で芹沢の話した内容を告げた。
『佐伯は佐々木を殺した。だから斬った。法度に背いたからだ。“仲間内の争いはご法度”という規則を作ったのあんたらと仲良しの土方だろう。何の文句がある』
と、悪びれもせず言ってのけたらしい。
「くそっ。それじゃ芹沢をしょっ引けねえじゃねえか」歳三が、ダンっと大きな音を立てて畳に拳をついた。
皆、同じ思いだった。
諸悪の根源はわかっているのに、追い詰められない。
飽くまでも芹沢は局長として「仲間殺し」を犯した隊士を処断したのだ。
一同はなんとも言えない「つかえ」を感じながらも、至極真っ当な話としてこの件は落着させるしかなかった。
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