浅葱色の桜

初音

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三人の犠牲者②

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 いずれにしろ佐々木は梅に色目を使ってはいないという裏が取れたので、さくらと勇はいざとなったら佐々木の無実を証明――はできないまでも、応援を――してあげよう、という話をした。
 が、手遅れだった。
 佐々木が、許嫁の女と共に遺体で発見されたのだ。
 身元を確認するために、さくら、新八、斎藤が現場に派遣された。千本通の辺りで、伏見に向かう時によく利用する道から少し外れた藪の中だ。
 確かに、無残に変わり果てた姿で佐々木は無造作に転がっていた。
 複数の人間にやられたと思しき、あらゆる箇所の刀傷があった。腰を薙いだような傷と、後頭部の傷が特に大きいから、そのどちらかが致命傷になったと思われる。
「こりゃあ、一発で死にきれなかっただろうなあ、かわいそうに」新八が悔しそうな表情で、遺体に向かって手を合わせた。
「まあ、せっかくのきれいな顔が無事だったのがせめてもの救い、かもな」さくらは開いたままになっていた佐々木の目を閉じてやった。
 傍らには、女の遺体があった。こちらは見たところ無傷だったが、息はなかった。だが、着物は乱れていた。よくよく調べてみると、体のあちこちにあざがあった。
「舌を噛み切ったんじゃないですか」
 斎藤の提言で、さくらは「失礼しますよ」と女の口を開けた。確かに、斎藤の言う通り舌を噛みちぎって亡くなったようである。
「この女性の名前、知ってるか?」
「確か、あぐりとかいう名前で近く佐々木と祝言を上げるつもりでいたとかいないとか」新八が曖昧な答え方をした。
 それ以上は、なんの手掛かりもなかった。

 さくら達には、芹沢が一枚噛んでいるのではないかという考えがよぎったが、下手に疑う前に証拠を集めようということになった。
 翌日から巡察の際に目撃情報を聞いてみるも、「あんな美男美女がそないなことに……気の毒でかなわんなあ」などと感想を述べられるに留まり、有力な情報は得られなかった。ただ、あぐりが界隈では評判の美人だったということだけは痛いほどわかった。
「このあたりで美人いうて有名なんは、あと、前に菱屋におったお梅さんか」
 そんなことをちらりと口にした商人がいた。
「お梅さんなら、今うちにいますよ……」さくらは苦笑いした。
「そやそや、今は芹沢いう局長はんと懇ろやったなあ。そういうたら、亡くならはる前日にそこの蕎麦屋で佐々木はんとあぐりはんともう一人男の人が入っていくのを見たで」
「本当ですか!何か手掛かりがあるかもしれません、ありがとうございます!」
 さくらは勢いよく礼を言うと、一緒に巡察をしていた平助、島田らと共に蕎麦屋に行ってみた。
蕎麦屋の女将の話では、確かにあぐりと男二人が連れ立って入店したらしい。そのうち一人はあぐりの許嫁すなわち佐々木というのは察しがついたが、もう一人がわからない。
「よく思い出してください」平助が懇願した。
「そや。佐伯さん、言うてました」
「そ、それでどんな話を……?」
「なんや、なんとかいう局長?が、あぐりさんを妾にしたがっているから、逃げた方がいい、ってその佐伯いう人が言うてましたよ」

 佐伯が何か事情を知っているのは間違いない。そもそもなぜ今まで自分から言い出さなかったのか、ということも含めて、知っていることをすべて話してもらおうとさくら達は意気込んだ。が、八木邸に行っても佐々木の姿は見当たらない。
「佐伯はん?そう言うたら、ここ二、三日見てませんなあ。島原に行く言うてたから、居続けでもしてるんと違いますやろか」
 八木家の女中は、そんなことを言った。
 その話をもとに、とにかく探しに行こうとさくら、歳三、総司が島原に向かった。
「居続けする金なんかあるのか?」道すがら、さくらは疑問を投げかけた。居続けというのは、くるわに泊まり込むことで、相手が下級の遊女だとしてもそれなりの金はかかる。
「うーん、佐伯さん、というより、芹沢さんの金策があれば無きにしも非ず、とは思いますが……」総司が首を捻った。
「実はとっくに佐々木と一緒に殺られてるんじゃないか?死体が見つからねえだけでよ」
「歳三、縁起でもないぞ」
「だがよ、佐伯、佐々木、あぐりって女が一緒にいるところが目撃されてんだ。あの三人に何らかの繋がりがあることは明らかだろう」

 残念ながら、歳三の勘は当たってしまった。
 島原から程近い田んぼで、佐伯は遺体となって見つかったのである。


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