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大坂力士乱闘事件③
しおりを挟む島田から知らせを受け、さくら、勇、源三郎が住吉楼に駆けつけた時には、あらかたの決着がつき、力士たちはその場を退散したあとだった。力士側には死者一名、怪我人五名という犠牲が出ていた。壬生浪士組側では、総司、山南、野口が痣や打撲といった軽傷を負った。
これは決して壬生浪士組の大勝利、と手放しで喜べる状況ではない。
相手は刀を持たない力士たち。そして武士ではない。そういう相手を斬ったとなれば、火の粉はこちらに降りかかってくる。
不逞の浪士との揉め事ではなく大した罪もない力士との揉め事で、壬生浪士組を預かっている会津藩の顔に泥を塗るわけにはいかない。勇、さくら、山南、総司の四人はすぐに奉行所に向かった。
「山南さん、あなたがついていながらどうしてこんなことに……」勇は少し呆れたように言った。
「面目ありません」
「山南さんは悪くないですよ。力士たちが住吉楼に押し寄せてきたので、お店に迷惑がかからないようにと遠くに引き寄せたんです」
「勇、起きてしまったことはもはや仕方がない。かくなる上は、会津様に迷惑がかからないようにどう取り繕うかだ」
「島崎先生、なんだか土方さんみたい」
勇が「総司、笑い事ではないぞ!」と一喝すると、総司は少ししゅん、としたように黙り込んだが、すぐに素朴すぎる疑問を投げかけた。
「そも、どうして近藤先生や島崎先生が尻拭いに行くんですか。元を辿れば、芹沢さんが相撲取りを打ったのがきっかけなのに」
「確かに、あの場で芹沢さんは手を出すべきではなかった。話し合いで穏便に済ませていればこんなことには……」
山南が再び自責の念にかられてしまったようなので、さくらは何か言わなければと思いつくまま「山南さんのせいじゃありませんから」と言葉をかけた。
総司の疑問は、的を射ている。勇も、さくらも、山南も、気持ちは同じだった。
――わかっている。芹沢さんの豪傑ぶりは壬生浪士組に必要だし、実際剣を取らせれば隊内で右に出る者はない。尽忠報国の立派な志も、新入隊士らを惹きつける統率力もある。何よりも、芹沢さんは母上の仇を取ってくれた、命の恩人だ。
さくらは、自分でも無理矢理に芹沢の良いところを挙げていることに薄々気づいていた。が、今はそのことについて深く考えるのはよそうとも思った。
自分の感情に任せて新見を降格にしたり、さくらを手籠めにしようとしたりといった我の強い一面も、今までは隊内のこととして済んでいた。
しかし、今回は他所との悶着を引き起こし、上司たる会津藩にも迷惑が及ぼうとしている。火消しは早急にせねばならない。
「総司」さくらは先ほどの問いに答えるべく口を開いた。
「ここは、素面の者が行かねばならぬ」
それ以上でも、以下でもなかった。
芹沢が、近藤が、と言っている場合ではない。壬生浪士組全体の沽券に関わることなのだ。
「まあ、それはそうですけど」
総司は納得していないような風に口を尖らせた。四人は小走りで奉行所へ急いだ。
昼間の浪士を突き出すべく立ち寄ったばかりの奉行所に、勇とさくらが戻ってきたことに与力の内山はひどく驚いていた。
「近藤殿、島崎殿。このような夜更けにいかがなされた」
今回の乱闘騒ぎの話は、まだ奉行所の知るところではなかったようだ。先手を打てたのは運がいい。もしも力士側が先に奉行所へ駆け込み、ある事ない事含めて壬生浪士組側を糾弾したら、こちらの立場が危なかった。
「内山様、つい先ほど、住吉楼付近にて力士との諍いがございました。私が把握している限りでは向こうは即死一名、怪我人五名。すでに退散しているため、正確な人数は不明です」
現場にいなかった勇が淡々と事実を述べることで、その話は他人事のような、客観性を持った話のように聞こえた。
会津の顔に泥を塗らぬためには、あくまでも非は向こうにある、という理屈で押し通すしかない。
「なぜそのようなことに」内山は当然、そう尋ねる。
「向こうの力士が、当方局長・芹沢に狼藉を働きました故、無礼打ちに致しました。それを逆恨みした力士たちが、我々に襲い掛かったものです」
「やむなく応戦した結果、そのような有様となりました」さくらが勇の弁を援護し、懐から顛末書を取り出し内山に手渡した。
橋を渡ろうとした時に道を譲る譲らないで揉めた、ということについては上手く煙に巻いた書き方をした。あくまでも「先に向こうが狼藉を働いた」の「狼藉」を大げさに強調したい。
その時、俄かに表が騒がしくなった。
「通せ!」
「待たれよ!与力殿は今別件で取り込み中だ!」
「うるさい!よくも、よくも熊次郎を!」
言い争う声はだんだんと大きくなり、隣の部屋で激しい物音が聞こえたかと思うとあたりは一瞬静かになった。
「しばし待たれよ」
男の声が聞こえ、やがてさくら達のいる部屋の襖が開いた。
「内山様。小野川部屋の小野川秀五郎と名乗る男が来ていますが」
まさか、とさくら達の顔は青ざめた。そんな四人をよそに、内山は「相わかった」と言うと立ち上がった。
「向こうの話も聞いてこようではないか。ここで待っておれ」
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