浅葱色の桜

初音

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壬生浪士組捕物帖②

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 とある旅籠に入り、佐々木や山南が女中らと世間話をしていた。その間、周囲の様子を観察していた島田が、ヒソヒソとした声でさくら達を呼んだ。
「芹沢先生、島崎先生、あれを」
 庭に回ってみると、洗濯物が干してあった。なんと、その洗濯物には返り血らしきどす黒い染みがついていた。
「先だって、町奉行所に詰めていた幕臣が七条で天誅に合った事件、下手人は大坂に逃れたという噂があります」島田が続けた。
「詳しく話を聞いてみる必要がありそうだな」さくらはニヤリと笑った。初めて「市中の治安維持を担う壬生浪士組」っぽい仕事ができそうだ、と俄かに興奮してきた。
 意外にも、というのは失礼な話だが、芹沢も初めて「局長っぽい」ふるまいを見せた。
「島田。お前は山南と佐々木にそれとなく女中を引き止めるよう伝えろ。平間、蟻通ありどおし、お前らは新見と近藤たちに知らせて呼んでこい。向こう側の通りにいるはずだ。原田、山野、尾関は裏に回れ。島崎、俺と一緒に正面に来い」
 さくらは左之助と目を見合わせた。こんなにテキパキと指示を飛ばせる男だったのか、と左之助も驚いているのが言わずともわかる。
「承知」隊士らは短く返答すると芹沢に言われた通りの配置についた。
 正面に向かったさくらと芹沢は入り口から中を覗いた。山南が気づき、さくらに向かって頷いた。
「壬生浪士組だ。中を改めさせてもらう」芹沢の低い声が響いた。
「山南、佐々木、そのまま一階を頼む」
 芹沢は短く指示をすると、例の鉄扇を刀のように構えながら、手前の階段を上った。さくらも後に続いた。山南と佐々木は女中を端に避けさせると、そのまま奥へ入っていった。
 さくらはいつでも抜けるように脇差に手を添えながら階段を上りきると、息をひそめて目の前の部屋の襖を開けた。
 中には、誰もいなかった。
「芹沢さん、ここは不発のようです」
「んなこた見りゃわかる。隣行くぞ」
「はい」
 その次の部屋からは、明らかに話し声が聞こえた。
 さくらは芹沢を見、芹沢は頷いた。
 芹沢は襖を開けると同時に「御用改めだ!」と叫んだ。
 当たりだった。中にいた二人の男は抵抗する気満々で、抜き身を構えていた。
「お前ら、役人殺しの下手人か」芹沢が尋ねた。
「おまんらこそなんなんじゃ」左側にいた浪人髷の男が言った。
「壬生浪士組。芹沢鴨」
 芹沢が名乗ると、右側にいた方の男が顔色を変え、もう一人に耳打ちした。
「なんじゃとっ!」
 二人は芹沢を睨みつけた。臨戦態勢を取るかと思われたが、くるりと振り返りそのまま窓から飛び降りた。
「あっ!あいつら…!」
「島崎、下行って山南たち呼んで来い!」
「芹沢さんは?」
 その問いに答える前に、芹沢は窓から飛び降りていた。
 さくらは急いで階段を駆け下りると、奥の間にいた山南と佐々木を見つけ声をかけた。
「怪しいやつが二階から外に飛び出ました!外に出てください!」
 三人が往来に出ると、あたりは騒然としていた。
 逃げようとしていた二人の前には、鉄扇を構えた芹沢が立ちはだかっていた。
 さくらと山南が後ろを取った。
「安心しろ。お前らみたいな小物じみたやつが下手人だとは思ってねえよ。ちょいと情報をもらいてえだけだ」芹沢がニヤリと笑ってそう言うと、男の片方が動いた。
 芹沢は振りかぶってきた男の刀を鉄扇で受け止め、豪快な力で跳ね返した。
 まさかそんなもので攻撃が避けられるとは思っていなかったのか、男は呆気に取られたような顔で尻餅をついた。
 まもなく勇の組も新見の組も到着した。一様に浅葱の羽織に身を包んだ壬生浪士組に囲まれた男たちは戦意を失い、大人しく縄についたのだった。
 こうして、壬生浪士組初の捕り物は無事成功に終わった。
 今回の働きが、芹沢の面目躍如となったのは間違いない。何しろこれまで大多数の隊士から「局長とは言うものの大して何もしてない人」と評されていたのだから。

 ただこの夜、さくらにとってはせっかく上がった芹沢の株ががくっと下がる事件が起こる。
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