浅葱色の桜

初音

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壬生浪士組捕物帖①

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 御前試合から数日後。将軍警護のために上洛した壬生浪士組は、ついに将軍警護をすることになった。
 将軍家茂が京都から大坂へ向かうというので、その道中警護を頼まれたのだ。もちろん、警護をするのは壬生浪士組だけでなく、会津藩士や在京の幕臣たちも行く。立ち位置としては、壬生浪士組は行軍の最後尾を行くに過ぎない。
 それでも、さくら達はおおいに喜んだ。勇は京に来てから涙もろくなったのか、じんわりと目頭を濡らし「おれ達の天然理心流がついに日の目を見る日が来たんだなあ」と感激しきりであった。
「勇、その言いぐさだと天然理心流が芋剣流だったと自ら認めることになるぞ」言いながら、さくらもにんまり顔を隠せない。
「勝っちゃん、あんまり天狗になるな。足元すくわれっぞ」と言う歳三も口角は上がっている。

 むろん、政治的話し合いの行われる場では、壬生浪士組は蚊帳の外。
 主な仕事は大坂市中の不逞浪士取り締まりであった。
 この頃、過激な尊王攘夷活動で京都の町を血に染めていたのは主に長州、一部土佐出身の浪士たち。
 その勢力は徐々に拡大し、大坂の町にも出没するようになっていたのだ。
 この時、京都到着後に入隊した隊士らの活動が功を奏した。江戸からやってきてふた月足らずのさくら達に比べ、彼らは京阪の地理にも明るい。増え続ける長州者、土佐者を見慣れているものだから、どれが長州弁でどれが土佐弁だというのも、聞き分けることができた。
「淀川の北のこの辺り。商家に入る押し借りが最近急に増えているという話です。中には長州者もいるとか」
 そんな情報をもたらしたのは、島田魁しまだかいという新入り隊士であった。先だっての下坂で新八が勧誘した隊士であったが、元はといえば昔の知り合いだという。
 その島田が指摘した地域を中心に、壬生浪士組は徒党を組んで歩いた。下坂前日にギリギリで納品された例の浅葱色の羽織を全員着ている。
「あれが壬生浪やって。おっかない顔しててんなあ」
「なんやのあのけったいな羽織は」
 町人がそんな風に囁く声が、いやでもさくらの耳に入った。
 ――そら見たことか。やはりこんな羽織、私は反対だ。
 そうかと言って、一人だけ羽織を脱げば悪目立ちする。
 どうせ皆で着ているのだし、まあいいかと割り切るしかなかった。

 総勢約三十名の浪士組は、芹沢、新見、勇が十人ずつ率いて三手に分かれた。
 まずは、怪しくても、怪しくなくても、商家や旅籠、茶屋に至るまで、暖簾をくぐり顔を出す。
「壬生浪士組だ。この店を改める」 
 芹沢がそう告げると、店の女中は「ひいいっ」と悲鳴を上げ、下男は「な、なんなんやあんたら!」と声を上げた。
「芹沢さんっ、いきなりそんな調子でいったらお店の人がびっくりしますって」さくらが小声で耳打ちした。
「んだと…?」
 芹沢を完全に怒らせる前に、さくらは「ほら、とりあえず私たちが様子を見てきますから」と腕を引っ張って後ろに下がらせた。引き換えに、山南と左之助がずいっと前に出て、女中に声をかけた。
「我々は京都守護職会津藩御預、壬生浪士組の者です。今、公方様が大坂城に入られていますから、その間の市中警護を仰せつかって参った次第です」
「悪いやつらがいねえか調べてんだよ。この町にどんな店があるかも知っときたいしな」
 山南が真面目に自己紹介した後、左之助がくだけた調子で目的を話す。意外と調和の取れた組み合わせである。
 店の者も「はあ」と拍子抜けした様子で、さくら達の「改め」に応じた。
 改め、といっても他の一般客もいる手前ずかずか中に入り込んだりはしない。どんな客が来ているか。二階や裏口など、何かあった時に匿ったり逃がしたりできる部分があるか。山南と左之助が女中と世間話をしている間に、さくら達はそういった点を確認していた。
 現段階で目的としていたのはあくまで過激派浪士への牽制である。壬生浪士組という治安維持組織が大坂の町に駐屯し、目を光らせていると知れれば、起こるべく事件も起こらなくなるかもしれない。
 だが、意図せずして壬生浪士組の名はすでに広まりつつあるようだった。先だって平野屋にいきなり現れ百両を借りていった、ということで大坂町人の間で噂になっていたのだ。証拠に、「壬生浪士組」と名乗っただけで「うちにはあんさんらに貸す金はあらへんで!」などと言われたりもした。
 その度に山南や左之助、そして新入隊士・佐々木兄弟の弟、愛次郎が”窓口営業担当”となり「いやいや、別に金を無心に来たのではありませんよ」となだめるという流れであった。特に、佐々木は愛嬌のある顔立ちで、女のさくらから見ても女のような顔をしていると思うくらい、むさ苦しさというものがなかった。故に、「町の平穏を守るために、協力をお願い致します」と佐々木に頼まれた女中らは二つ返事で浪士組を中に招き入れるのだった。
 だが、そんなやりとりを何軒か続けていた折り、さくらの属する”芹沢組”が当たりというべきか、はずれというべきか、クジを引いた。
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