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御前試合②
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黒谷に壬生浪士組の面々が全員呼ばれるのは初めてのことであったため、皆緊張の面持ちで門をくぐった。
黒谷、というのは通称であるが正式には金戒光明寺というれっきとした寺であり、千人にものぼったと言われる上洛会津藩士が寝泊まりできるくらいの宿坊があった。
その広大な敷地内で、御前試合が始まろうとしている。
容保の隣にはガチガチに緊張した勇と、今日ばかりは背筋を伸ばした芹沢、そして尊大な表情を浮かべた新見が座っていた。勇は試合に出る気満々だったが、「局長」という立場から、容保のもとに侍ることになったのだった。
最初に試合場に躍り出たのは、入隊したばかりの川島勝司という男。
棒術が得意だというので歳三が左之助と戦わせようとしたが、左之助も川島も互いに「棒術と槍術では戦い方が違うから御前試合には向いていない」と言うので、新入りの紹介ということも兼ねて川島が一人で棒術の型を見せる運びになった。
御前試合、というよりは芝居の演武のような川島の番が終わると、続いては柔術の披露ということで、これまた新入隊士の佐々木蔵之介、愛次郎の兄弟が登場した。彼らもまた、勝敗というより型の披露に重きを置き、見るものの拍手喝采をさらった。
その後は、浪士組の大多数を占める剣術使いの試合である。まずは、歳三と平助の試合だ。
――歳三のやつ、強いて言えば勝てそうな平助を選んだな
と、さくらは苦笑いしながらその試合を眺めた。長年自己流で剣を鍛えた歳三は、強いことには強いがきっちりとした試合となると十分な力を発揮できない。あえて他流の平助を選んだのは、対天然理心流では分が悪いと思ったからだろう。
もちろんそれはさくらの推測だが、思惑通り歳三が平助の胴を薙ぎ払う一本を入れ、歳三の勝利に終わった。
続いては、斎藤対新八である。
この若き二人の強さを、さくらは十二分に知っていた。どちらが勝ってもおかしくない程二人の実力は拮抗している。
当人たちもそれがわかっていたのだろう。始め、の合図がかかっても二人は動かずに互いの出方を伺っていた。見ている方がやきもきするくらい、何も動きがなかった。
やがて先に動いたのは新八だった。ダッと片足を踏み込み、一気に斎藤の間合いに入る。斎藤は新八の剣を目ざとく捉えると、パシン、と払ってそのまま籠手を打って抜けた。
後々、新八は「これは御前試合だ、ということを忘れていました。殿に見せるための試合だというのに何も動きがないのはいかがなものかと思い立って動いたのですが、その焦りを斎藤に突かれてしまった。あいつはかなりの使い手だ」と語っていた。
三戦目は芹沢派の中から、平山と佐伯が選ばれた。平山はもちろん、佐伯も神道無念流を学んでいたようで、これまでの二戦とは違い同流派対決となった。
この二人が真面目に試合をしているのを見るのはほとんど初めてだったが、なかなかやるな、とさくらは思った。二人とも豪快な剣さばきで、しばらくは竹刀と竹刀のぶつかり合う音が響いた。「御前試合」の性格を考えると、この試合が一番御前試合らしい試合だったかもしれない。
最終的に、軍配は平山の方に上がった。
四戦目、さくらはいよいよ自分の番がやってきたので、額に巻いていた鉢巻をぎゅっと結んだ。頭に通り抜ける風がすうすうと染みる。江戸を出発してから髪結いに来てもらう機会がなかったために最近ではほとんど総髪になっていたが、この御前試合を機にさくらはまた月代を入れていた。
対戦相手の源三郎と並び、まずは容保の方を向いて正座して頭を下げる。
「天然理心流、免許皆伝、井上源三郎と申します。此度はお招きいただき恐悦至極に存じます」
「同じく、天然理心流、免許皆伝、島崎朔太郎と申します。此度のお招き、有り難き幸せに存じます」
それから二人は向き合い、互いに礼をした。始め、の合図で試合が始まった。
さくらも源三郎も、互いの目をじっと見つめ、出方を伺った。
その様子を見ていた容保は、勇と芹沢に声をかけた。
「二人とも天然理心流か。近藤、お主の縁の者だな」
「はっ。二人とも江戸の道場で共に腕を磨いた仲でございます」勇が恐縮しきって答えた。
「特にあの島崎の方は近藤の義姉弟に当たるのですよ」芹沢が付け加えた。
勇は慌てたように芹沢を見た。音声でいえば「きょうだい」なので「あね・おとうと」の姉弟とはもちろんわからないが、それでもヒヤヒヤとするのであった。
勇としては、今回の御前試合にさくらを出すことに若干のためらいがあった。もちろん、さくらが一介の武士として殿の前で剣術を披露できるまたとない機会であったし、実際にさくらの腕前を見てもらいたいという気持ちもあった。しかし、さくらが目立てば目立つ程、女だと知れる危険性も高まる。上洛時の鵜殿や山岡のような寛大さでもって受け入れられる保証はどこにもなく、勇はバレる可能性を不安視していた。
容保はさくらを見ると、意味ありげに「島崎か」と呟いた。
「女子のような声であったな」
勇は最悪の事態を想定した。もしバレたら、江戸へ強制送還か、さくらが処断されるか、さくらだけでなく自分も連座することになるかもしれない。などなど。
見た目は完全に男のようであるが、声の高さだけはごまかせない。さくらも意図して声を低めてはいたが、男のそれ程低くはない。見た目の印象から放たれる声の異質さに、容保は驚いたに違いない。
「あの者が、もし本当に女子だと申し上げたら殿はいかがなされますか」
黒谷、というのは通称であるが正式には金戒光明寺というれっきとした寺であり、千人にものぼったと言われる上洛会津藩士が寝泊まりできるくらいの宿坊があった。
その広大な敷地内で、御前試合が始まろうとしている。
容保の隣にはガチガチに緊張した勇と、今日ばかりは背筋を伸ばした芹沢、そして尊大な表情を浮かべた新見が座っていた。勇は試合に出る気満々だったが、「局長」という立場から、容保のもとに侍ることになったのだった。
最初に試合場に躍り出たのは、入隊したばかりの川島勝司という男。
棒術が得意だというので歳三が左之助と戦わせようとしたが、左之助も川島も互いに「棒術と槍術では戦い方が違うから御前試合には向いていない」と言うので、新入りの紹介ということも兼ねて川島が一人で棒術の型を見せる運びになった。
御前試合、というよりは芝居の演武のような川島の番が終わると、続いては柔術の披露ということで、これまた新入隊士の佐々木蔵之介、愛次郎の兄弟が登場した。彼らもまた、勝敗というより型の披露に重きを置き、見るものの拍手喝采をさらった。
その後は、浪士組の大多数を占める剣術使いの試合である。まずは、歳三と平助の試合だ。
――歳三のやつ、強いて言えば勝てそうな平助を選んだな
と、さくらは苦笑いしながらその試合を眺めた。長年自己流で剣を鍛えた歳三は、強いことには強いがきっちりとした試合となると十分な力を発揮できない。あえて他流の平助を選んだのは、対天然理心流では分が悪いと思ったからだろう。
もちろんそれはさくらの推測だが、思惑通り歳三が平助の胴を薙ぎ払う一本を入れ、歳三の勝利に終わった。
続いては、斎藤対新八である。
この若き二人の強さを、さくらは十二分に知っていた。どちらが勝ってもおかしくない程二人の実力は拮抗している。
当人たちもそれがわかっていたのだろう。始め、の合図がかかっても二人は動かずに互いの出方を伺っていた。見ている方がやきもきするくらい、何も動きがなかった。
やがて先に動いたのは新八だった。ダッと片足を踏み込み、一気に斎藤の間合いに入る。斎藤は新八の剣を目ざとく捉えると、パシン、と払ってそのまま籠手を打って抜けた。
後々、新八は「これは御前試合だ、ということを忘れていました。殿に見せるための試合だというのに何も動きがないのはいかがなものかと思い立って動いたのですが、その焦りを斎藤に突かれてしまった。あいつはかなりの使い手だ」と語っていた。
三戦目は芹沢派の中から、平山と佐伯が選ばれた。平山はもちろん、佐伯も神道無念流を学んでいたようで、これまでの二戦とは違い同流派対決となった。
この二人が真面目に試合をしているのを見るのはほとんど初めてだったが、なかなかやるな、とさくらは思った。二人とも豪快な剣さばきで、しばらくは竹刀と竹刀のぶつかり合う音が響いた。「御前試合」の性格を考えると、この試合が一番御前試合らしい試合だったかもしれない。
最終的に、軍配は平山の方に上がった。
四戦目、さくらはいよいよ自分の番がやってきたので、額に巻いていた鉢巻をぎゅっと結んだ。頭に通り抜ける風がすうすうと染みる。江戸を出発してから髪結いに来てもらう機会がなかったために最近ではほとんど総髪になっていたが、この御前試合を機にさくらはまた月代を入れていた。
対戦相手の源三郎と並び、まずは容保の方を向いて正座して頭を下げる。
「天然理心流、免許皆伝、井上源三郎と申します。此度はお招きいただき恐悦至極に存じます」
「同じく、天然理心流、免許皆伝、島崎朔太郎と申します。此度のお招き、有り難き幸せに存じます」
それから二人は向き合い、互いに礼をした。始め、の合図で試合が始まった。
さくらも源三郎も、互いの目をじっと見つめ、出方を伺った。
その様子を見ていた容保は、勇と芹沢に声をかけた。
「二人とも天然理心流か。近藤、お主の縁の者だな」
「はっ。二人とも江戸の道場で共に腕を磨いた仲でございます」勇が恐縮しきって答えた。
「特にあの島崎の方は近藤の義姉弟に当たるのですよ」芹沢が付け加えた。
勇は慌てたように芹沢を見た。音声でいえば「きょうだい」なので「あね・おとうと」の姉弟とはもちろんわからないが、それでもヒヤヒヤとするのであった。
勇としては、今回の御前試合にさくらを出すことに若干のためらいがあった。もちろん、さくらが一介の武士として殿の前で剣術を披露できるまたとない機会であったし、実際にさくらの腕前を見てもらいたいという気持ちもあった。しかし、さくらが目立てば目立つ程、女だと知れる危険性も高まる。上洛時の鵜殿や山岡のような寛大さでもって受け入れられる保証はどこにもなく、勇はバレる可能性を不安視していた。
容保はさくらを見ると、意味ありげに「島崎か」と呟いた。
「女子のような声であったな」
勇は最悪の事態を想定した。もしバレたら、江戸へ強制送還か、さくらが処断されるか、さくらだけでなく自分も連座することになるかもしれない。などなど。
見た目は完全に男のようであるが、声の高さだけはごまかせない。さくらも意図して声を低めてはいたが、男のそれ程低くはない。見た目の印象から放たれる声の異質さに、容保は驚いたに違いない。
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