浅葱色の桜

初音

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御前試合①

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 壬生浪士組には、徐々に人が集まっていた。
 人が集まると、誰かまとめ役が必要になってくる。なし崩し的に芹沢が組頭、ということになってはいたが芹沢は浪士組運営の実務をテキパキとこなすような男ではなかった。遅かれ早かれこういう日はやってくるものだが、「役職決め」でさくら達はもめた。
 江戸からやってきた十四名に最初に入った斎藤と佐伯を加えた十六名がこれから「幹部」として組を引っ張っていこう、というところまでは満場一致であった。もっとも、今の段階ではこの取り決めは皮算用と言わざるを得ない。今後「平隊士」の人数が多くなることを見越してのことであったが、現時点では平隊士の人数よりも幹部の人数の方が多かった。ちなみに「隊士」というのはいつまでも浪人とか浪士とか名乗るのが憚られたために浪士組の組員をそう呼ぶことにした。全体でいえば未だに「壬生浪士組」なのだが。
 とにもかくにも、ここからが火種である。幹部十六人の中で誰がより偉いか、という話でさくら達は平行線を辿った。
 まず新見が、いわゆる「どや顔」でこう言った。
「芹沢さんが筆頭局長、私と近藤殿が局長ということで如何かな」
 局長という呼び名は松平容保直々の提案で、広沢も所属している会津藩の「公用局」から取ったものだ。壬生浪士組も会津藩の「局」の一つである、というところから来ている。
「なんですか、その筆頭っていうのは」さくらが訝し気な表情で尋ねた。
「芹沢さんはれっきとした水戸の出身。貧乏道場の主だからといってようやく浪人身分を名乗っているそちらとは違う。ただ、最初に京に残ると宣言したのは近藤殿。その顔を立てての采配だ」
 さくらは胃の腑にずっしりと重い物がのしかかってくるような心地がした。
 一緒に大坂に行き、揃いの羽織も作り、なんとなく新見たちとも打ち解けてきたと思っていたわけだが、腹の中ではこんなことを考えていたのか、と。
 ――ここへ来て、身分のことをやり玉に挙げるとは新見さんも汚いな。
 歳三もさくらと同じ思いのようであった。
「聞き捨てならねえな。そも、なんでそれをあんたが決めるんだよ」と、食ってかかった。
「異論があるというのか」
「大ありだ。せめて、芹沢さんと近藤さんの二人がただの局長、でいいじゃねえか」
「まあまあ、土方くん」そう止めたのは、他でもない勇だった。
 このよそよそしい呼び方は歳三の発案である。いよいよ「外部の人間」が入ってくるのにあたり気を引き締めるべく、公衆の面前で「トシ」とか「歳三」とかいう呼び方はやめろ、と試衛館生え抜きの面々に歳三が言い含めたのであった。それでなんとなく、皆互いに名字で呼びあうようになった。
「新見さんの言うとおり、芹沢さんの方がいい家柄の方だ。これから何かと表に出る機会も多い。その方が都合がいいこともあるだろう」
 勇が、かなり無理をしてそう言っているのがさくらには容易にわかった。講武所の指南役試験に落ちた時のことを、勇も忘れるはずがない。さくらが女であることを理由に味わう辛苦と同じく、勇も身分のことで同じような思いをしてきたはずなのだから。
 しかし、今は勇の「大人の対応」に胸中で拍手を送るほかない。
 そして、ぐいぐいと場を仕切っている歳三の様子に舌を巻きつつやりとりを見守った。
「それならば、副長は私・土方と、山南、島崎で務めさせていただく」
「副長だと?」
「大将、つまり局長の三方さんかたにはでんと構えてもらいたい。面倒な雑用や実務は引き受けさせてもらいますよと言ってるんです」
 これには歳三の思惑があった。浪士組を意のままに動かすには、大将ではなく副将に甘んじる方が都合がいい、というのが歳三の持論である。そして、その持論はもちろん試衛館の面々には共有済みだ。年の功でいえば源三郎もこの任に当たるべきだと歳三は誘ったが、「私はそういうのは苦手だから」と縁の下の力持ちになることを選んだ。
「それならば、平山も副長にしてもらおう」
「おっと、船頭が多いと船が沈みますよ」歳三がすかさず新見の提案を遮った。
「そちらから三人も”副長”を出しておいて何を言う。それに、島崎殿」新見はさくらに冷ややかな視線を向けた。
「あなたの剣術の腕前に我々も一目置いているのは確かだ。ここまでのお働きも我々と遜色ない。だが、女子が上に立つというのは、やはり下の隊士らに示しがつかないのではないですか?」
 さくらはキッと唇を噛んだ。最初にさくらを持ち上げる発言をしたことも含めて、新見の言い分にはぐうの音も出ない。これから、様々な考えを持ったものが入隊してくるだろう。世間の常識でいえば、「女子がいるなんて」と言われる方が多数派だ。ここまで勇たちだけでなく、芹沢らでさえもさくらの存在を受け入れていること自体、奇跡的と言ってよかった。
 歳三を見やると、苦々しげな顔で僅かに頷いた。
「わかりました。確かに、”副長”が三人いるというのも船頭が多すぎるきらいがあるでしょうし」
 自分が女だから、ではなく飽くまでも「船頭が多すぎる」ことを理由に身を引いたのは、さくらのなけなしの「大人の対応プライド」だった。
 こうして、一応きちんとした組織として船出した壬生浪士組のもとに、会津藩の本陣・黒谷での御前試合の話が舞い込んだ。藩主・容保の発案によるもので、壬生浪士組の手並みをぜひ拝見したいということだった。
 ”副長”となった歳三と山南の初仕事は、この御前試合の人選決めとなったのである。

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