浅葱色の桜

初音

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揃いの羽織③

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 とにもかくにも、こうして無事に資金を調達できたため、京に戻ったさくら達は早速呉服屋に向かった。
「ああ、あきまへんなあ。この金額やと袴、帷子かたびら、紋付きを差し引いたらこんなもん」
 店主は慣れた手つきでパチパチとそろばんをはじくと、結果をさくら達に見せた。
 揃いの羽織を作りたい、とは言ったがそれはあくまで「あったら嬉しい」という程度の話で、当座の着替えとなる夏物の着物、そしてこれから会津藩の本陣に行くことが増えるであろう芹沢と勇の正装用紋付きの注文が最優先だった。それらを差し引き、提示された残金は人数分の羽織を揃えるには無理のある金額だった。
「ちっ。もっとせしめてきたらよかったぜ」
「芹沢さんっ、なんてこと言うんですか!」
「島崎、俺は至極当たり前のことを言ってるまでだぜ」
「それはそうかもしれませんけど、仕方ないじゃないですか」
 さくらと芹沢の問答を見かねた店主が「あの、でけないこともあらしまへん」と声をかけた。
「あんさんたち濃紺色にだんだら模様、と言うてましたけど、浅葱あさぎ色くらい薄い色ならなんとか」
「浅葱色……?」さくらはオウム返しに聞いた。
「へえ。浅葱色なら藍染一着分の染料で三着は作れますよって」
 さくらは勇を見た。眉間に皺を寄せ考え込んでいるようだ。
 二つ返事で頼めないのには、訳がある。浅葱色といえば、「浅葱裏」というくらいで本来は裏地に使う色である。そして、そうした着物を地方の侍が着ていたことから、浅葱色は野暮、田舎侍の象徴でもある。
 生まれも育ちも江戸城下、いわば都会っ子のさくらにしてみれば、到底首を縦に振ることはできなかった。
「いいじゃねえか。それで行こう」黙りこくるさくら達をよそに、芹沢がそう言ってしまった。
「芹沢さん、ちょっと待ってくださいよ」さくらは小声で芹沢に声をかけた。
「仕方ねえだろ。だったら大坂に戻ってもっと金を借りるか?」
「そういうわけにもいきませんけど……」
「それで頼む」芹沢は念押しするように主人に言うと、主人は「へえ」と言ってさらさらと注文書を書いていった。
 こうなっては自分には決定を覆すことなどできないと悟り、さくらはただ成り行きを見守るしかなかった。 

 とぼとぼと芹沢の後について店を出たさくらは、駄目で元々とわかっても尚、これだけは言いたかったので口にしてみた。
「芹沢さん、私たち、ただでさえミブロミボロってバカにされてるのに浅葱色の羽織なんて着たら余計になんて言われるか……」
「まあ、言われるだろうな」
「ならばなぜ……!」
「お前、切腹裃を知らねえのか」
 さくらはぐっと口を結んだ。当然知っているが、こう言われてしまうと一瞬にして何やら敗北感のようなものがこみ上げてくる。
「これから俺たちのやろうとしてることは命のやり取りだ。そういう覚悟を表すのに、いいんじゃねえかと思ったんだよ。別に俺たちゃ町の奴らと仲良しこよししに来たんじゃねえんだ。野暮だのなんだのは、言わせときゃいい」
 期せずして浅葱色になってしまったのだからそんなのは後付けじゃないか、とさくらは思ったが、そう思うことで着こなせないこともない、とも思った。認めるのがなんだか悔しくて口ごもっていると、察したのか、勇が応えた。
「確かに、一理ありますね。忠臣蔵でも切腹の時は浅葱色の裃だったそうですし、だんだらを入れるからにはむしろ浅葱色の方が適しているのかもしれません」
 笑顔で言う勇に、芹沢は「そうだろ?」と微笑んだ。さくらもなんだかつられて、まあいいか、と口元を緩めた。

 こうして出来上がった羽織は町の人から「見たら家の中へ逃げ込め」の合図になるほど「壬生浪士組の象徴」として定着した。一方で百五十年経った世の中では「浅葱にだんだら」をあしらった様々な商品が作られ親しまれている。
 むろんそんなことは知らない当人たちは、この羽織を揃って身につけることでようやく「組」としての体裁が整ってきた、と得意顔で町を練り歩くのだった。

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