浅葱色の桜

初音

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揃いの羽織②

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 一方で、伏見から舟で川を下って大坂に到着したさくら達は、町の様子見も兼ねて往来をぶらぶらと歩いていた。
 京都とは雰囲気こそ少し異なるが、大坂もまた、活気に満ち溢れた町であった。
 事前に船宿「京屋」の主人・忠兵衛から得ていた情報をもとに、「平野屋」という両替商を目指す。両替商というのはその名の通り銀行の前身になったような商売で、金を貸してその利子で儲ける商売形態だ。平野屋は、大坂で最も有名な両替商の一つである。
 そこに、芹沢を筆頭に大の男が六人、そして到底女には見えない女が一人、ぞろぞろと入っていく。
「主人はいるか。金子きんすを用立てして欲しい」
 芹沢が声をかけると、奥から男が出てきた。明らかに「主人」ではないことはわかる。
「へえへ。なんの御用でっしゃろか」
「あんたが主人か」芹沢は舐めるように男を見た。
「いいえぇ。生憎主人は留守にしとりまして、ご用件ならわてが承りまっさかい」
「それなら主人に伝えろ。俺は会津藩御預壬生浪士組組頭の芹沢鴨と申す者。金子百両を借り受けたい。月末には返す」
「ひゃっ、百両!?」
 使用人の男は飛び上がらんばかりに驚いて、さっと奥に引っ込んでいった。
「居留守なのではないか?主人というのは」新見が舌打ちした。
 さくらも新見と同意見だった。引っ込んだ、ということは誰か相談する相手が奥にいるということだ。
 程なくして、使用人の男はさくら達の前に戻ってきた。手には小さな包みを抱えている。
「えろうすんまへんなあ。今日のところはやっぱり主人がおらんよって、決めかねるんですわ。また出直してくれはりまへんやろか」
 使用人は、芹沢に包みを差し出した。
「なんだこれは」
「ご希望叶えられんよって、せめてものお詫びにお持ちくだせえ」
 芹沢は包みを開けた。中には一両小判が五枚入っていた。
「あんた、舐めてんのか」芹沢が凄んだ。
「俺たちは京阪の治安を守ってるんだぞ。こんなはした金で何ができるってんだ」
「せやから、今日は主人が留守にしてるよって…」
「馬鹿にすんのもいい加減にしろ!」
 芹沢は小判を男に投げつけた。チャリンチャリン、とむなしい音が響く。
 使用人は、再び「ひいぃっ」と悲鳴を上げて奥に引っ込んでいった。
 程なくして、先ほどの男よりは年嵩に見える男が現れた。ガタイがよく、目つきが鋭い。用心棒のような役目も兼ねた使用人であることは明らかであった。
「えろうすんまへんなあ。下男がご無礼を」言葉ではそう言いつつも、警戒心むき出しである。
「奥の間に、ご案内します」
 そうして、さくら達は一応客間らしき部屋に通された。
 だが、ただ待たされるだけで誰も来ない。しびれを切らし、さくらと総司が偵察に行くことになった。
 庭づたいに、建物の奥へと進む。話し声が聞こえたので、さくらと総司は縁側の下にしゃがみ込んだ。
「なんやて!?ほな、そんな得体の知れない連中に百両も貸せいうんか」男の声だ。先ほど会った二人の使用人とは違う人物のようである。
「なんでも、奉行所の話やとれっきとした会津藩のお預かりやさかい、丁重に扱いなはれと」最初の使用人の声が答えた。
「お役人がそう言うならそうなんやろうけど。それを騙った無法者やったらどないするんや」
「せやけど旦那様、あの芹沢とかいう男、金を貸さんとてこでも動かんいう素振りで…」
「うぬ…仕方あらへん…今回限りや…」
 さくらは総司に目配せした。旦那様、ということはやはり主人である。居留守を使われていたのは癪だが、一方で彼らの反応も当然のことだというのもわかっていた。二人はまた庭づたいで元の部屋に戻った。
「どうだった?」勇が尋ねた。
「どうやら、私たちが本当に会津藩お預かりの壬生浪士組なのか、わざわざ奉行所に走って確認してきたらしい」
「そうか。まあ、無理もない。おれ達、まだ大した名も実もないからな」勇は苦笑いした。
「近藤殿は甘いですな。ここは金貸しを生業にしている商家だ。あのように客を選り好みするような真似が許されるはずがない」新見がフンと鼻を鳴らした。
「まあ新見さんの言うことにも一理あるが、やはり私たちの借りようとした額が、一見いちげんの割に法外だったのでしょうよ」なだめるようにさくらは言った。
 そうしているうちに、ついに主人と思しき男が現れた。
「手前どもがとんだご無礼を。何しろこちらにはまぁだ壬生浪士組いうもんは耳に入ってなかったもんやって、堪忍や。今日のところはこれで」 
 そう言って、主人は先ほどよりも随分と大きな包みを差し出した。
「ふん、話のわかるやつじゃないか」芹沢は満足げににやりと笑うと、遠慮なく金子を受け取った。
 すっかり怯えた様子の主人を見るにつけ、さくらは自分たちがものすごく悪いことをしているような気分になった。が、実際問題こうでもして夏物を買わないと暑気あたりで死んでしまう。
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