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揃いの羽織①
しおりを挟むもともと殿内の懇願で残留を決めたであろう浪士たちは、殿内が姿を消すと芋づる式に浪士組を離れていった。根岸友山に至っては、自身の門人を引き連れ「伊勢参りに行く」などと見え透いた嘘をついてそれきり帰ってこなかった。
「ふん、もともといけ好かねえやつだと思ってたから、いなくなってむしろせいせいしたぜ」と、歳三はこの状況をむしろ歓迎していた。派閥は少ないに越したことはない。壬生浪士組は近藤派と、芹沢派に、きれいに別れた。ちなみに斎藤はどちらかといえば近藤派、佐伯は芹沢派といった具合だった。
さくらは歳三の発言には一理あると思っていたが、一方でこういうことが続くのは由々しき事態であるとも思っていた。
「これから入る者には、浪士組の脱退を原則認めないようにしてはどうだろう。もちろん、のっぴきならない事情があれば都度考えるとして」さくらはそんな提案をした。殿内の死を無駄にしないためにも、浪士組の盤石な体制、そして何より人数が必要だという考えからだった。
「そうですね。人が定着しないと、なかなか浪士組として安定した活動ができませんし」山南も同意した。
そうして、「脱退禁止」の条件下で、さくら達は再び仲間集めに精を出すことにした。
それと同時に喫緊の課題として持ち上がったのが、資金集めだった。
何を隠そう、夏物の着物を手に入れなければいけない。
江戸を出発した時はまだ桜が咲くか咲かないかといった時期で、夜などは冷えることから冬物の着物で過ごしていたが、今となっては季節は初夏。山に囲まれた盆地に位置する京の町はいったん夏が来ればその暑さは江戸をしのぐ。ちなみに冬も同じく冷え込むそうだが、この時点ではさくら達はそこまで滞在する気はなかったためあまり気にしていなかった。
とにかく、今は夏物である。
「せっかく誂えるんならよ、揃いの羽織なんてのはどうだ」
そう提案したのは芹沢だった。
「いいですね。”身ボロ”の汚名を雪ぐこともできそうですし」さくらは話に乗った。
京の町人たちは壬生浪士組のことを略称として壬生浪、さらには狼の字をあてて壬生狼などと呼んでいたが、それが転じて「身ボロ」などと呼ぶこともあった。未だに見た目にも暖かそうな着物を着て町を歩くさくら達を、揶揄する言葉だ。
「それなら、だんだらの文様を染め抜くなんてどうですか。赤穂浪士みたいに」勇が言った。
「赤穂浪士?」芹沢は驚いたように勇を見たが、少し考え込むとニヤリと笑った。
「いいじゃねえか。そうなりゃ、早速金集めだ」
壬生浪士組の面々は、京に残って仲間を募る者と、大坂に下って仲間集めや金策を担当する者の二手に別れた。大坂は商人の町。不逞の浪士に資金を提供しているという話もあり、そういった行為をけん制するねらいもあった。
大坂に向かったのは、さくら、勇、総司、新八、芹沢、新見、野口の七名である。
京に残った面々は相変わらず、二人組もしくは三人組で町のあちこちを回るというやり方を取って仲間集めに奔走した。
斎藤と組んだ歳三は、道場破りができそうな道場を探して町を歩いた。
「斎藤、お前なぜ浪士組に入った」
道中の世間話のつもりで歳三は尋ねた。斎藤がすぐに答えないので、歳三は続けた。
「お前が入った時、俺たちはまだ会津の預かりですらなかった。誘っておいてなんだが、よくそんな胡散臭い連中の仲間になろうと思ったな、とな」
「島崎さんです」斎藤は淡々と言った。
「あの人は、俺が人を斬って逃げてきた男だと知っても、顔色ひとつ変えずに、浪士組に誘ってくれました。吉田師匠も良くしてはくれましたが、父の頼みで道場に置いてくれていただけのこと。早く厄介払いしたいというのが本音だったでしょう」
「そうか」歳三は嬉しそうに微笑んだ。
「なかなかの女だろ」
「ええ。女だというのを知ったのは入ってからですが。大したお人です」
それから歳三は、飛脚問屋に立ち寄った。
「文ですか」斎藤が尋ねた。
「ああ。郷里の義兄にな。芹沢は商家で借りればいいとは言っていたが、俺は俺のやり方で金を工面する」
一見かっこいいことを言っているようだが、要するに彦五郎に金を貸してくれと泣きつく手紙である。斎藤はそれがわかり、わずかに口角を上げた。
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(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
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