浅葱色の桜

初音

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謀略①

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 四条堀川。
 夜の闇に紛れて、更に見つからぬよう物陰に隠れて、息を潜めるのは芹沢一派の五名と、山南、平助、佐伯。
「来ました。芹沢さん。今です」山南が声を低くして言った。
「僕、もっと前に出て様子を見てきましょうか」
「藤堂、野口、通行人を装って確かめてこい。今まで清川の前でもさほど存在感のなかったお前たちならわからぬだろう」
 新見の言葉に、平助は顔をしかめながら物陰から出た。
 たった今、角を曲がって先へと歩んでいく二つの人影を、抜き足差し足で尾ける。
 ひゅうと吹いた風が雲を動かすと、月が顔を出した。
「野口さん、間違いないよ。芹沢さんたちに知らせてきて」
「わかりました」
 平助は、人影を見失わぬようそのまま後をつけた。
 やがて、背後から足音が聞こえ応援が来たと察した平助は、左側を歩いていた男に背中から体当たりを食らわせ、その場に転ばせた。
「な、何をする……あなたは……!」
「ごめんなさい、山岡さん」
 平助は山岡の後ろ首に手刀を食らわせると、すぐ後ろに来ていた野口と共に道端に運んでいった。
「な、何者だ!」
 異常事態に気づいた清川は、刀の柄を握った。すでに目の前には、芹沢、新見、平山、山南が並び同じく刀の鞘を握りしめて立っている。
「おのれ、芹沢……!」
「ご公儀に背いた咎だ」
 芹沢は清川を睨みつけた。
 その場の空気がピンと張り詰める。
 芹沢は、スラリと刀を抜いた。
 清川も、抜いた。
「ヤッ!」
 芹沢は清川に向かったが、相手ははなから戦う気はなかったようだ。近くにあった大量の木材を芹沢に向けて転がすと、一目散に逃げていった。
「野郎……!」
 平助と野口を残し、芹沢たちは清川を追いかけた。
 しかし、その逃げ足は伊達ではない。たちまち見失ってしまった。
「ちきしょう……」
 舌打ちする芹沢に、山南が声をかけた。
「あとは、近藤先生たちの方でうまく迎え撃てればよいのですが」
 
 一方で、さくら、勇、歳三、総司、源三郎、新八、左之助、斎藤の面々は、仏光寺通ぶっこうじどおりで清川を待ち構えていたが、待てど暮らせど獲物は現れない。
「こちらがハズレくじか……」さくらは溜息をついた。
「そのようだな。もう一時近くは経つぞ」歳三は苛立ちを隠そうともしない。
 そうしているうちに、やがて夜明けが近づいてきてしまった。

 壬生浪士組最初の仕事「清川暗殺」はあえなく失敗に終わった。
 翌朝には、江戸へ帰還することになっていた大多数の浪士が、ついに京都を出発。先頭には、何事もなかったかのように隊列を率いる清川の姿もあった。
 さくら達も、白昼堂々清川を斬り捨てるわけにいかず、江戸へ帰っていく清川の姿を指をくわえて見ているしかなかった。
 ちなみにこの暗殺を指示したのは、鵜殿と佐々木。し損じたことを早速報告すると佐々木は憤慨したが、「あとはこちらで」と意味深に言ってのけたのだった。
 事実、この一カ月後、江戸に戻った清川は佐々木によって暗殺されることとなる。

 とにもかくにも、会津藩御預の壬生浪士組は、このような波乱の幕開けとなった。
 例の嘆願書は無事に受理され、組頭に一度会っておきたいという藩主・容保の要望で、勇と芹沢、そして殿内が代表して黒谷の本陣に参上した。
「知っての通り、昨今の京の町は日に日に物騒になっている。我々会津藩だけでは手に負えないほどだ。それゆえに、そなたらの働きに、期待しておる」
 藩主・容保は人の良さそうな顔をして勇たちにそう言葉をかけた。三人は、「ははーっ!」と深々頭を下げ容保の言葉に応えた。
 特に、勇は嬉し涙を必死にこらえながらのお辞儀であった。
 一介の農民で、貧乏道場の主であった自分が、一国の主に拝謁し激励の言葉をかけてもらった。
 それだけで、言葉には言い尽くせないものが胸にこみ上げてくる。必ず、務めを果たしてみせる、と勇は胸中で強く誓った。

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