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会津藩②
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ちなみに、この鵜殿への嘆願書を持ち込む人選は、歳三が決めた。試衛館組からは、鵜殿からの覚えが良いさくらと、人当たりがよく交渉向きである山南。そして、その二名だけでは芹沢組に対して角が立つからという理由だけで、新見を選んだ。
「会津の藩士に出くわした時に、頭の顔を覚えてもらった方がいい」
そう言って、勇と芹沢には市中に出るよう勧めた。鵜殿への交渉に芹沢を行かせればまとまる話もまとまらない可能性があると踏んで、そちらの人選からは外したかったという別の理由もあったのだが。さくらに反比例するように、鵜殿が芹沢をよく思っていないことを、歳三はこれまでの様子で察していた。
かくして、勇たち試衛館出身の七人と、芹沢、平山、平間、野口、斎藤、佐伯の十三人は徒党を組んで市中を練り歩いた。
殿内や家里、上洛時に浪士組の一番組組頭を務めた根岸らの姿はない。
勇は彼らにも声はかけていた。大勢で徒党を組む方が目立つ。そして会津藩の知るところとなる可能性が高い。だが、「そんな策を弄して何になる」と彼らは取り合わなかった。
「歳三さん、そも不逞の浪士って、どういう人が不逞の浪士なんですか」総司が隣を歩く歳三に尋ねた。
「怪しいと思ったやつだ」
総司はぷっと噴き出した。後ろで話を聞いていた平助と左之助も、くっくっと笑いを押し殺した。
「てめえら、真面目に歩きやがれっ!」歳三は笑いが止められない三人を一喝した。
総司の質問にこうした曖昧な答え方をしてしまったのは他でもない、歳三も誰が「不逞の浪士」かはわからないからだ。
あからさまな犯罪行為や事件が発生すればもちろん捕まえて奉行所に突き出すまでだが、さすがに今日の今日でそんな事態に出くわすほど、ひっきりなしに事件が起きているわけではない。
今はとにかく、町中を歩く。
これが、のちに歳三たちの活動の基本となるわけだが、それはまた先の話。
一刻(二時間)ほどぐるぐると町を歩き回ったが、特に何も起きなかった。一行は、今日はこのくらいにして八木邸に戻ろうと帰路についた。
しかしその直後、歳三が狙った通りの出来事が起こった。
一行の前に、身なりのいい侍が三人現れた。
今まですれ違った町人や浪人風情とは明らかに出で立ちが違う。一定の階級以上の侍であることは間違いなかった。
三人は歳三たちの目の前に立ち止まると、訝しげな視線を投げた。
「その方ら、何をしているのだ」
真ん中の男が睨みを利かせたが、勇は今が好機とばかりに怯まず答えた。
「上様の警護です」単刀直入に、そう言った。
「上様の警護だと…?上様は今二条城におられる。お主らの警護など必要ない」
「我ら上様が安心してお過ごしいただけるように、市中の警護をしている者だ」勇の隣に立っていた芹沢は、男を睨み返すように見た。
「何が市中警護だ。町の者から、怪しい連中が徒党を組んで闊歩しているという報告が入って来てみれば。お主ら、何者だ」
「会津の藩士に出くわした時に、頭の顔を覚えてもらった方がいい」
そう言って、勇と芹沢には市中に出るよう勧めた。鵜殿への交渉に芹沢を行かせればまとまる話もまとまらない可能性があると踏んで、そちらの人選からは外したかったという別の理由もあったのだが。さくらに反比例するように、鵜殿が芹沢をよく思っていないことを、歳三はこれまでの様子で察していた。
かくして、勇たち試衛館出身の七人と、芹沢、平山、平間、野口、斎藤、佐伯の十三人は徒党を組んで市中を練り歩いた。
殿内や家里、上洛時に浪士組の一番組組頭を務めた根岸らの姿はない。
勇は彼らにも声はかけていた。大勢で徒党を組む方が目立つ。そして会津藩の知るところとなる可能性が高い。だが、「そんな策を弄して何になる」と彼らは取り合わなかった。
「歳三さん、そも不逞の浪士って、どういう人が不逞の浪士なんですか」総司が隣を歩く歳三に尋ねた。
「怪しいと思ったやつだ」
総司はぷっと噴き出した。後ろで話を聞いていた平助と左之助も、くっくっと笑いを押し殺した。
「てめえら、真面目に歩きやがれっ!」歳三は笑いが止められない三人を一喝した。
総司の質問にこうした曖昧な答え方をしてしまったのは他でもない、歳三も誰が「不逞の浪士」かはわからないからだ。
あからさまな犯罪行為や事件が発生すればもちろん捕まえて奉行所に突き出すまでだが、さすがに今日の今日でそんな事態に出くわすほど、ひっきりなしに事件が起きているわけではない。
今はとにかく、町中を歩く。
これが、のちに歳三たちの活動の基本となるわけだが、それはまた先の話。
一刻(二時間)ほどぐるぐると町を歩き回ったが、特に何も起きなかった。一行は、今日はこのくらいにして八木邸に戻ろうと帰路についた。
しかしその直後、歳三が狙った通りの出来事が起こった。
一行の前に、身なりのいい侍が三人現れた。
今まですれ違った町人や浪人風情とは明らかに出で立ちが違う。一定の階級以上の侍であることは間違いなかった。
三人は歳三たちの目の前に立ち止まると、訝しげな視線を投げた。
「その方ら、何をしているのだ」
真ん中の男が睨みを利かせたが、勇は今が好機とばかりに怯まず答えた。
「上様の警護です」単刀直入に、そう言った。
「上様の警護だと…?上様は今二条城におられる。お主らの警護など必要ない」
「我ら上様が安心してお過ごしいただけるように、市中の警護をしている者だ」勇の隣に立っていた芹沢は、男を睨み返すように見た。
「何が市中警護だ。町の者から、怪しい連中が徒党を組んで闊歩しているという報告が入って来てみれば。お主ら、何者だ」
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