浅葱色の桜

初音

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会津藩①

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 翌日、とにかく会津との接点を持とうとさくら達は動き出した。
 まず、浪士組を会津で雇ってもらいたい、という内容の嘆願書を用意した。この時、後々しばらく使うことになる「壬生浪士組」という名称が生まれることとなる。
 そして、嘆願書には全員が署名をするわけだが、ここで芹沢が思わぬ提案を持ちかけた。
「島崎、お前、女の名前で署名したらどうだ」芹沢がニヤリと笑った。
 これには、さくらを含め試衛館出身者一同、「なっ」と言葉を詰まらせた。
「もうこのことでガタガタぬかすお偉いさんもいねえ。組頭の俺と、近藤だって当然もうわかってんだから窮屈な思いをすることもなかろう」
 いつの間にあんたが組頭になったんだ、と歳三の顔にはありありと書いてあったが、今その内容で喧嘩をふっかけるべきではないということも誰もがわかっていたから、山南と源三郎が「まあまあ」という視線を歳三に投げるに留まった。
 当のさくらと言えば、そう言われると少しだけ心が揺らいだ。
 島崎朔太郎と名乗ることで、当初は男だと思われるものの、なんだかんだで女であることはこの先ばれていく可能性が高く、それなら最初から、とも思った。事実、江戸から京都への道中で、「バレるのではないか」と気を張り詰めていた前半の道のりより、バレてしまった後の後半の道のりから今現在の方が格段にいろいろと動きやすかったということもある。
 だが、さくらが答えるより早く口を開いたのは意外な人物であった。
「なりません」山南である。
「芹沢さん、会津のじゅうの掟というものをご存じですか。あの中には、戸外で女性と会話をすることさえ禁じる一文がある。そして最後には『ならぬことはならぬ』と。そんな家風の会津藩への嘆願書に、女子の名前など書いたら、通るものも通らなくなってしまいます」
 さくらは、少しだけ胸がチクリと痛んだのがわかった。
 組のためとはいえ、「女子の自分」を山南に認められていないような、そんな気がしたのだ。
「サンナンさん、そんな言い方ねえだろ」歳三が言った。
「もちろん、これは嘆願書を出す時の話です。いつか、島崎さんの人物や剣術の腕前が会津中将あいづちゅうじょう(松平容保のこと)様の知るところとなった後に、女子と知れても大丈夫かどうか、様子を見ましょう」
 そう言って、山南はさくらに笑いかけた。さくらはそれだけで、先ほどのもやもやした気持ちも忘れ、「はい」と無意識に頷いた。
――やはり、山南さんには考えがあったのだ。
 これが惚れた弱みというやつか。山南の言うことなら、それに委ねようとさくらは思ったのだった。
 
 そうして出来上がった嘆願書を持って、さくら、山南、新見の三名がまだ京に滞在していた鵜殿を訪ねた。
「よかろう。嘆願書を、京都守護職に取り次ごうではないか」鵜殿は人の良さそうな笑顔ですんなりと嘆願書を受け取った。
「ありがとうございます!」三人は深々と頭を下げた。
「実のところ、そなたらが残るという話を聞いてな、心配しておったのだ。何も後ろ盾のない状況でどうするのか、とな。だが会津であれば過激な尊攘派を取り締まるという目的は同じ。きっと良きに計らってくれることだろう」
 鵜殿の言葉には半分の真実が現れ、半分の真実が隠されていた。心配していたというのは、過日浪士取締役に話した通り「何かあった時に幕府が泥をかぶることになるのではないか」という「心配」である。その泥を会津がかぶってくれるのであれば好都合というわけだ。もっと言えば、鵜殿はさくら達の嘆願書などなくとも、すでに会津に掛け合うことを決めていた。近々に、殿内らを京都守護職の本陣である金戒光明寺こんかいこうみょうじに派遣するつもりでいたのだ。
 もちろん、鵜殿がそんなことまで考えているとは知らない三人は、嘆願書を受け取ってもらえたことに感謝し、安堵した。
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