浅葱色の桜

初音

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将軍上洛③

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 一方その頃、残された勇たちはまだ話し合いを続けていた。
「芹沢の言うことにも一理ある」歳三が言った。
「ここでうだうだ話し合ってても仕方ねえ。行くぞ」
「行くってどこにです?」総司が尋ねた。
「決まってんだろ。市中警護だよ」
「こんな時分から不逞の浪士なんてうろついてんのかあ?」左之助が頭を掻きながらあくびをした。
「そんなすぐに尻尾を出す連中でもねえだろう。だが、俺たちが徒党を組んで歩くことで、浪士組ここにありと見せつける。会津だって、市中警護の命を受けて来てんだ。新手の『市中警護をする連中』が現れたとわかったら、必ず、向こうから声をかけてくる」
「そんなにうまくいくだろうか…」山南が眉間に皺を寄せた。
「やる価値はある、とおれは思う!」勇が鼻を鳴らした。その毅然とした表情に、皆の意思も固まったようである。
 かくして、勇たちは市中へ繰り出そうと腰を上げ、部屋を出た。
 日が傾きかけている時刻であった。本当に不逞の浪士を見つけるのであれば、こういう時間の方が都合がいい。
 が、台所の前を通り過ぎようとした時、夕餉の膳を運ぶ八木家の内儀ないぎと女中にすれ違って呼び止められた。
「近藤はん言わはりましたなあ。どこへ行くんどす?」内儀は、名を松といい、浪士組がこの八木邸に間借りしてからというもの、食事の世話をしてくれていた。しかし、それは必要な食費が幕府からきちんと支払われていたからしぶしぶ、である。浪士組の大多数が江戸に帰るということになり隣近所の住人は厄介払いができるとほっとしていたが、なぜか八木邸に寝泊まりした者だけ残るという話を聞いて以来、松はあからさまに不機嫌そうな態度であった。
「ちょっと、市中の様子を見に出かけようかと」勇は文字通り質問に答えた。
「へえ。もう日も暮れよるこんな時分に?ほな、あんたはんらのために作った夕餉も冷めてしまいますけど、それでもよろしおすのやな」
 その一言で、なんとも気まずい空気が流れた。山南がそれとなく、勇の着物の袂を引っ張り耳打ちした。
「近藤先生、明日にしましょう」
「そうですね」
 勇は小声でそう言うと、「ありがとうございます。夕餉の支度をしていただいたのでしたら、先にいただきます」と松に笑顔を見せた。
 ちょうどその時、大きな話し声が聞こえてきた。勇たちが見やると、芹沢たちが帰ってきたところだった。
 さくらと斎藤以外、全員酒に酔っているようだった。お互いに肩を組んで支え合いながら歩いている。
「芹沢さんっ、しっかりしてください!着きましたよ!」芹沢を支え歩いていたさくらは、勇たちに気がつくと「とりあえず、芹沢さんたちを部屋に連れて行く」と言ってそのまま奥へ消えていった。
 最後に残った斎藤が、松に頭を下げた。
「お内儀、せっかく用意していただいた夕餉ですが、あの六人の分は不要です。余っているようでしたら、我々で分けていただきますゆえ」
「って、あんたはん、見ない顔やな…?」
「昨日入隊した斎藤一と申します」
「へえ、そうどすか。ちょうどええ。新しいお人がおるなんて知らんかったさかい、作った分がちょうど人数分ですわ」
 松は目だけ笑わない笑顔を見せると、先ほどまで勇たちが話し合いをしていた部屋にとっとと膳を持っていってしまった。
「八木家の方々にも堂々と事情を説明できるように、やはり後ろ盾を得ることは急務ですね」山南がぽつりと言った。
 勇も唇をぎゅっと結び、重々しく頷いた。


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