浅葱色の桜

初音

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将軍上洛②

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 将軍率いる行列が去りゆくと、人ごみは共に散っていった。それを見届けるとさくら達は大きな溜め息をつき、皆一様にげっそりとした表情で八木邸に戻った。
「これではどちらが不逞の浪士だかわからないぞ」勇がやれやれ、と息をついた。
 八木邸の一室で、勇たち九人と、芹沢たち五人、そして新しく入った斎藤と佐伯が、額を突き合わせていた。
「近藤さんの言う通りだ。このままこんなことを続けていたって埒が開かない」新八が同意した。
「そうは言うけどよ、どうしろってんだ」芹沢がすごんだ。
「それは……」と新八は口ごもる。
「会津」
 皆が振り返ると、声の主は斎藤であることがわかった。いかにも話を聞いていないような顔をして、実はちゃっかり聞いていたのだ。
「会津だ?」歳三が眉間にしわを寄せた。
「さっき、殿内さんたちがそう言ってました」
「お前、いつの間にそんな情報を…」新見が驚いたような感心したような表情で言った。
「あんのヤロ、また勝手な動きを」
「しかし土方くん、あながちない話ではない」山南が考え込むように言った。
「会津といえば、幕府の命を受けて京都守護職に就いている。会津藩の後ろ盾があれば、私たちも大手を振って市中の警邏けいらや不逞浪士の取締りができるのではないだろうか」
「な、なるほど…」さくらは舌を巻いた。
「ってことは、殿内たちはそれを勝手にやろうとしてんのか?」歳三が斎藤に食ってかかったが、斎藤は「さあ、そこまでは…」と短く答えた。
「善は急げだ。斎藤くん、でかしたな」勇は破顔した。
「この浪士組は俺たちが立ち上げたんだ。先回りして会津に掛け合って、こちらが組の筆頭だと示さなけりゃいけねえ」歳三が不敵な笑みを浮かべた。
 すると、芹沢が無言で立ち上がった。
「どこに行かれるんですか?」勇が尋ねた。
「身の振り方は決まったんだ。もういいだろ。暑苦しいんだよ、こんな狭いとこで大の大人が何人も雁首揃えて。行くぞ」
 芹沢が声をかけると、新見、平山、平間、野口も腰を上げ、部屋を出ようとした。
「島崎、斎藤、佐伯、お前らも来い」
 芹沢に言われ、驚いたさくらは近くにいた斎藤と目を見合わせた。次にチラと勇を見ると、「行ってこい」と言わんばかりに頷いたので三人は立ち上がって芹沢たちについて行った。
 芹沢はさくら達を引き連れ、壬生村を出て大通りに出ると居酒屋に入っていった。
 いつの間に顔見知りになったのか、出てきた店主は芹沢の顔を見ると恭しく奥の席へと案内した。その表情は、上客を歓迎するというよりも、恐怖に怯えているといった様子であった。
「あの、芹沢さん、なぜこの面子めんつなのでしょうか…」席に着くと、さくらは開口一番尋ねた。
「新入りの歓迎だ。悪いか」
「悪いというわけではありませんが、それならばなぜ私を」
「斎藤を引き抜いたのはお前だろ、島崎。…そういやぁ、お前本当の名前はなんてぇんだ」芹沢は思い出したようにそんなことを聞いた。
「本当の名前とは…?」
「だから、女の名前だよ」
 さくらが返答する前に、「えっ」という斎藤と佐伯の声が聞こえ、一同はそちらに注目した。
「なんだ、知らなかったのか」平山が言った。
「島崎さんは女子なんですよ。もっとも、我々も途中まで全然気づきませんでしたけど」野口が続いた。
「それじゃあ…しかしなぜ…」斎藤は絞り出すようにそんなことをつぶやいてさくらを見た。あの時自分を負かした相手が女だったということに、かなり狼狽しているようである。雷に打たれたような顔をした斎藤は、それからしばらく黙り込んでしまった。
 その様子を、可笑しそうに芹沢が見ている。
 さくらはなんとなく、芹沢はこうして自分の正体をバラしてその反応を見る、というのを楽しんでいるのではないかと思った。
「確かに、なぜ女子の身でわざわざこんなところに」新見が続いた。
「なぜ、と言われると、長くなりますが…。幼い頃より剣術を習っていたのです。父は天然理心流の道場主でしたから。同じ天然理心流宗家を継いだ近藤勇は私の義理の弟。江戸では近藤さくらと名乗っていました」
 苗字が違ったため、勇と姉弟だということには誰も気づかなかったのであろう。これには芹沢も驚いたような顔を見せた。
「ですから、勇と共に、武士となり公方様をお守りしたいという思いで参りました」
 なんとなく詳しく話す必要もないだろうと思い、さくらは簡潔にそう説明した。
「面白え」芹沢はニヤリと笑うと、酒を一気に飲み干した。
「お前らも、飲め」
 さくらと斎藤だけはまだ日も高いですし、と断った。現に、今は悠長に酒を飲んでいる場合ではない。勇たちが今どうしているか気が気でない状態のまま、さくらは表面上芹沢の設けたささやかな歓迎の宴席に付き合った。

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