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将軍上洛①
しおりを挟むそれから、将軍家茂が上洛した。
相変わらず後ろ盾もなく、身の振り方も不安定であったさくら達であったが、とにもかくにも、本懐は将軍警護である。何の計画もなかったが、とりあえず往来に出て、とりあえず将軍の乗った駕籠に見物人が近づかないように制した。
否、厳密に言えば、駕籠が通る道に近づかないように、である。
参勤交代の大名行列でさえ、その通り道に居合わせた庶民は座って頭を下げ続けなければならない。将軍上洛の行列となればもちろん本人が通る道はすでに地面に平伏す民衆で溢れている。当然、その中で不穏な動きをするものがあれば将軍付きの警護役が黙ってはいないだろう。
要するに、さくら達には全く出る幕はなく、やっていることは警護というよりも交通整理に近い。
「はいそこ、前に出ないで!」
「一歩下がって!押し合わないでください!」
本筋の道の一本裏の道でそんなことを勝手にやっていたわけだから、当然
「なんなんやお前ら!」
「わてらが上様になんかする思うとるんか!」
「失礼にも程がありますえ」
民衆から文句を言われ、芹沢や左之助、平助ら血の気の多い者たちが「なんだぁ?俺たちは公方様警護の浪士組だぞ!」と息巻き、余計な争いが勃発しそうなのを山南や源三郎、新見らが止めに入るといった有り様であった。
そんなすったもんだが繰り広げられているとは露ほども知らない将軍家茂は、特段危険な目に合うこともなく、二条城へと進んでいく。
しかし、将軍の前後を固める隊列の中には、何か不可思議な騒ぎが起きているのに気付いた者がいた。
男の名は、広沢富次郎といった。会津藩主・松平容保に付き添いはるばる京までやってきた会津藩士の一人だ。
現在の福島県に位置する会津藩の藩主が、なぜ自らわざわざ京の都に来ているのか。話は一年ほど前に遡る。
幕府は、清川が浪士組を結成するよりもずっと前に、京に治安維持の組織を置く必要性を認識していた。過激な攘夷派浪士による「天誅」と称した幕府の役人殺しは増加の一途を辿っていたため、それは急務であった。そうして設置されることになった「京都守護職」であったが、火中の栗を拾うような任務に自ら手を上げる藩は当初、皆無であった。
そんな中で白羽の矢が立ったのが会津藩であった。会津には、徳川に忠誠を誓う家訓が三代将軍家光の時代より脈々と受け継がれてきたのである。
広沢は声の主を探そうと往来を見回したが、自分が歩いている道には折り目正しく頭を下げる一般の町人しかいない。しかし、「それ以上近づかないでください!」「せやから何様なんやあんたら!」といった口論が聞こえてくる。
「あの声は何だ」男は隣を歩く共の者に尋ねた。
「わがらねえですが、どうやらこっつぁに害を加える気はなさげですなあ」共の男は、入京して間もないのか、会津のなまりが抜けきらない口調で答える。
「だけんじょ、せんど山本さんが言うてました。なんでも上様を警護するために幕府がらづれてこられた浪士組が、京に入ったつう話だなし」
「あの声がその浪士組だというのか?」
「さあ。だけんじょ、話聞いとると上様に近づかぬよに、"警護"しとるようにもめえんなし」
広沢はそうか、と言うと自分が属する隊列に視線を戻した。
今はとにかく、自分の任務をまっとうすることが第一。ただでさえ会津藩は京都守護職という聞こえのいい面倒ごとを押し付けられた形であるから、これ以上の面倒ごとは御免だという思いもあった。
声の主たちと、まもなく切っても切り離せぬ縁ができるとはこの時の広沢には知る由もなく。
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