浅葱色の桜

初音

文字の大きさ
上 下
84 / 205

将軍上洛①

しおりを挟む


 それから、将軍家茂が上洛した。
 相変わらず後ろ盾もなく、身の振り方も不安定であったさくら達であったが、とにもかくにも、本懐は将軍警護である。何の計画もなかったが、とりあえず往来に出て、とりあえず将軍の乗った駕籠に見物人が近づかないように制した。
 否、厳密に言えば、駕籠が通る道に近づかないように、である。
 参勤交代の大名行列でさえ、その通り道に居合わせた庶民は座って頭を下げ続けなければならない。将軍上洛の行列となればもちろん本人が通る道はすでに地面に平伏す民衆で溢れている。当然、その中で不穏な動きをするものがあれば将軍付きの警護役が黙ってはいないだろう。
 要するに、さくら達には全く出る幕はなく、やっていることは警護というよりも交通整理に近い。
「はいそこ、前に出ないで!」
「一歩下がって!押し合わないでください!」
 本筋の道の一本裏の道でそんなことを勝手にやっていたわけだから、当然
「なんなんやお前ら!」
「わてらが上様になんかする思うとるんか!」
「失礼にも程がありますえ」
 民衆から文句を言われ、芹沢や左之助、平助ら血の気の多い者たちが「なんだぁ?俺たちは公方様警護の浪士組だぞ!」と息巻き、余計な争いが勃発しそうなのを山南や源三郎、新見らが止めに入るといった有り様であった。
 そんなすったもんだが繰り広げられているとは露ほども知らない将軍家茂は、特段危険な目に合うこともなく、二条城へと進んでいく。
 しかし、将軍の前後を固める隊列の中には、何か不可思議な騒ぎが起きているのに気付いた者がいた。
 男の名は、広沢富次郎ひろさわとみじろうといった。会津藩主・松平容保まつだいらかたもりに付き添いはるばる京までやってきた会津藩士の一人だ。
 現在の福島県に位置する会津藩の藩主が、なぜ自らわざわざ京の都に来ているのか。話は一年ほど前に遡る。
 幕府は、清川が浪士組を結成するよりもずっと前に、京に治安維持の組織を置く必要性を認識していた。過激な攘夷派浪士による「天誅」と称した幕府の役人殺しは増加の一途を辿っていたため、それは急務であった。そうして設置されることになった「京都守護職」であったが、火中の栗を拾うような任務に自ら手を上げる藩は当初、皆無であった。
 そんな中で白羽の矢が立ったのが会津藩であった。会津には、徳川に忠誠を誓う家訓が三代将軍家光の時代より脈々と受け継がれてきたのである。
 広沢は声の主を探そうと往来を見回したが、自分が歩いている道には折り目正しく頭を下げる一般の町人しかいない。しかし、「それ以上近づかないでください!」「せやから何様なんやあんたら!」といった口論が聞こえてくる。
「あの声は何だ」男は隣を歩く共の者に尋ねた。
「わがらねえですが、どうやらこっつぁに害を加える気はなさげですなあ」共の男は、入京して間もないのか、会津のなまりが抜けきらない口調で答える。
「だけんじょ、せんど先日山本さんがうてました。なんでも上様を警護するために幕府がらづれてこられた浪士組が、京に入ったつう話だなし」
「あの声がその浪士組だというのか?」
「さあ。だけんじょ、話聞いとると上様に近づかぬよに、"警護"しとるようにもめえんなし見えます
 広沢はそうか、と言うと自分が属する隊列に視線を戻した。
 今はとにかく、自分の任務をまっとうすることが第一。ただでさえ会津藩は京都守護職という聞こえのいい面倒ごとを押し付けられた形であるから、これ以上の面倒ごとは御免だという思いもあった。
 声の主たちと、まもなく切っても切り離せぬ縁ができるとはこの時の広沢には知る由もなく。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

庚申待ちの夜

ビター
歴史・時代
江戸、両国界隈で商いをする者たち。今宵は庚申講で寄り合いがある。 乾物屋の跡継ぎの紀一郎は、同席者に高麗物屋の長子・伊織がいることを苦々しく思う。 伊織には不可思議な噂と、ある二つ名があった。 第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞しました。 ありがとうございます。

新撰組のものがたり

琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。 ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。 近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。 町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。 近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。 最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。 主人公は土方歳三。 彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...