浅葱色の桜

初音

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最初の仲間③

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 その後、さくらと平助は吉田家の客間に通された。
「いやあ、藤堂殿も島崎殿もお強い。何より、こいつがこないに嬉しそうな顔してるんを見たのは初めてですよ」吉田はがっはっは、と笑い、自分の隣に座る斎藤を指した。
「島崎さん、あれ嬉しそうなんですか…?」平助がさくらに耳打ちしたので、さくらは「シッ」と制した。が、平助がそう言うのも無理はない。斎藤の表情がそんなに変わっているようにはどうしても思えなかった。強いて言えば、口角が少し上がっている気がする、といった程度だ。
「吉田様。我々は、まだ立ち上がったばかりの浪士組ではございますが、必ずやご公儀のお役に立つ働きをしていく所存にございます。共に働いていただけそうな門下の方をご紹介いただけないでしょうか」
 さくらは、そう言いながらも斎藤をじっと見た。彼の剣さばき、動きの速さには目を見張るものがあった。ぜひ、斎藤に入隊して欲しいと思った。だがいきなり師範代を、とはおこがましい話であろうとも思い、視線を向けるに留まった。だが、吉田はその手で斎藤を指した。
「それならば、どうぞこの斎藤をお連れんなってください。もともとこいつは江戸の御家人のせがれでしてね。訳あってこっちに来とったんですが、上様のお役に立ちたいという気持ちは人一倍強い」
 さくらと平助は驚いて顔を見合わせた。こんなにあっさりと許可してくれるものなのか。
「それは、斎藤さんに来ていただけたらこちらとしても非常に心強いのですが…。良いのですか?師範代を引き抜くような形になってしまって。それに、斎藤さんご本人の意思は…?」さくらがおずおずと尋ねた。
 言いながら、改めて斎藤の顔をよく見ると、さくらはなんとも言えない既視感に捕らわれた。
「あの、斎藤さん、どこかで会ったことはありませんか…?」
「さあ…?」
「失礼ですが、下のお名前は…?」
 念のため、そう尋ねた。返ってきたのは思わぬ答えだった。
はじめ。斎藤一と申しますが」
「そうだっ!江戸の道場に張り紙が…!」
 さくらは思い出した。江戸にいた時に見たお尋ね者の貼り紙には斎藤によく似た男の似顔絵が書いてあった。
 数字のいちと書いてハジメと読む、そんな名が珍しいと印象に残っていたのは間違いない。ただ、苗字が斎藤だったか何であったかが、さくらには思い出せなかった。
「貼り紙?」平助が話が見えない、とばかりに聞いた。
 さくらは続きを言うべきか迷った。この曖昧な情報で目の前の斎藤一とあの貼り紙のお尋ね者が同一人物だと決めつけ、万一人違いであったら失礼極まりない。それでは入ってくれるものも入ってくれなくなってしまう。
「ああ。見たんですね。あの時は山口一と名乗っていましたが」
「で、では本当にあの…」
「島崎さんっ、何の話なんですか?」平助が小声で尋ねるのに、答えたのは斎藤だった。
「俺は人を斬りました。それでここまで逃げてきた。だからお尋ね者というわけです。それでも俺をその浪士組とやらに引き入れたいというのですか?」
「もちろんです。先ほど手合わせをしたからわかります。あなたは根っからの悪人とはとても思えません。何か事情がおありだったのでしょう。それよりも、あなたの剣の腕をぜひ私たちと一緒に活かしてほしいのです」
 斎藤は驚いたような表情をしてさくらを見た。
 さくらはスッと斎藤の目を見据えると、手をついて頭を下げた。
「島崎殿!頭をお上げください!」吉田が慌てて声をかけた。
 斎藤は吉田を見、それからさくらを見た。
「わかりました」
 さくらはがばっと顔を上げた。
「本当ですか?」
「ありがとうございます!」平助も顔を綻ばせた。
「先生。本当によろしいですか」斎藤は吉田に向けて静かに言った。
「まあ、本音を言えば、お前を失うのは道場にとっては痛手だが…元々、ほとぼりが冷める間ここで面倒を見るという話だったし、その後どうするかは、お前が決めなさい」
 斎藤は、少しだけ寂しそうな顔を見せた。それから、僅かに笑みを浮かべたのが今度はさくらにも平助にもわかった。
「支度をしたら、そちらに加わります。どこへ行けば?」
「壬生村の八木様のお宅に間借りをしております。今はまだ、無頼の浪士ですが、必ずや公方様警護のお役目果たさんと仲間たちと行動しているところです。何卒、よろしくお願いします」
 さくらと平助は頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」斎藤も頭を下げた。

 数日後、勇たちから声をかけた面々も集まった。
 ただ、やはり後ろ盾も何もない浪士組に二つ返事で参加する者は少なく、集まったといっても斎藤一、佐伯又三郎さえきまたさぶろうの二名だけであった。
 しかし、芹沢らがきちんと働きかけたのか、はたまた自らの意思なのか、さくら達には判然としなかったが、内部からも続々と「我々もやはり京に残る」と名乗りを上げた者たちがいた。その中には、あの殿内義雄とその腰巾着・家里次郎いえさとつぐお、そして一番組組頭であった根岸友山ねぎしゆうざんや芹沢の顔見知りでもあった粕谷新五郎かすやしんごろうらがおり、京都残留組による「無頼の浪士組」は総勢二十五名を数えることとなった。

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