浅葱色の桜

初音

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最初の仲間②

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 さくらと平助が「頼もーう!」と声をかけると、男が出てきた。
「何だ」
「江戸市ヶ谷天然理心流道場試衛館より参りました、島崎朔太郎と申します」
「北辰一刀流、藤堂平助と申します」
 男は二人を訝しげに見ると、「要件は」と言った。
「実は、公方様の警護のための浪士組として江戸から参ったのですが、今のところ十四人しか人員がおらず、一緒に任に就いてくれる方を探しているのです」
 さくらはそう説明したが、男はまだ訝しげな顔をしていた。無理もないだろう。今のさくらと平助は完全に不審人物である。
「要は、とりあえず私たちのことは道場破りだと思っていただいて、手合わせをしていただければと」平助が元気よく言った。
「お待ちください」
 男は奥へ引っ込んでいった。恐らく、師範にあたる人物に許可を取りにいったのだろう。
 やがて男は戻ってくると、「どうぞ」とだけ言った。

 道場の主はその名の通り吉田と名乗った。
「やあ、江戸からはるばるご苦労さんですなあ。せっかくですから、師範代の斎藤がお相手させてもらいます」
 京なまりの混じる言葉でそう言うと、吉田は道場の端に座った。
 斎藤と紹介されたのは、先ほどさくら達を出迎えた男であった。
 ――あの人が、師範代だったのか。
 さくらは斎藤をまじまじと見た。よく見れば、まだ若い。総司や平助と大して変わらないようである。
「島崎さん、まずは僕が」
 平助は言うが早いか防具を身に着け、斎藤の前に立った。
 斎藤も防具をつけた状態で立っている。
 防具の奥からでも、鋭い視線で平助を見ているのが、さくらには見てとれた。
「始め!」
 審判を務める門人がそう声をかけると、二人は同時に動いた。
 竹刀と竹刀のぶつかり合う音が響く。
 斎藤は、ぶつかってきた平助の竹刀をさっと振り払うと、一気に間合いに入り込み、思い切り面に打ち込んだ。
「一本、斎藤先生!」
 さくらはぽかんと口を開けてその様子を見ていた。
 何が起こったのか一番わかっていないのは平助のようである。本当ならすぐに竹刀を収め、お辞儀をするのが礼儀であるというのに、その場にただ立ち尽くしていた。
「平助!」さくらが小さめの声で呼ぶと、平助はハッと我に返ったように頭を振り、一歩下がってお辞儀をした。
 ――なんだあの者は。並大抵の強さではないぞ。
 この勝負、決して平助が弱いわけではない。相手が、各段に強いのである。
 平助は防具を外すと、未だに信じられないといった顔で、ふわふわした足取りでさくらの元まで戻ってきた。
「島崎さん、あの人、やばいですよ」
「言われなくとも」
 言うが早いか、さくらは防具を身に着け、面紐をぎゅっと結んだ。
 そうして、道場の中央に躍り出た。
「始め!」
 さくらは面金めんがねの奥にある斎藤の鋭い目を見据えた。
 その眼力に気圧されそうになるが、竹刀を握る手に力を込める。
「ヤッ!」
 さくらは竹刀を振りかぶり、斎藤に向かったが、ひらりとかわされた。体制を立て直し、再び構える。
 一撃で決めるしかない、と判断したさくらが取った構えは、天然理心流の一撃必殺・突き技を繰り出すための平晴眼ひらせいがん。他の流派の者からすれば変わった構えであるから、最初の一度だけ、この構えをするだけで相手の虚を突くことができる。
 案の定、斎藤の目の色が少し変わった。
「エーイ!」
 さくらはそのまま真っすぐに斎藤の喉元を突いた。瞬間、斎藤は竹刀を振りかぶり、さくらの面を狙った。
 二人の攻撃は同時に入ったかに見えた。
「一本!」
 時が止まったように動かない二人の頭上に、審判の声が響く。さくらが目の端で捉えると、手は自分の方に上がっていた。
 安堵と嬉しさが入り混じったため息をつくと、さくらは竹刀を収めた。
「ありがとうございました」
「参りました」
 道場破りに来たくせに二人揃ってあっと言う間に返り討ちでは面目が立たぬと、さくらも平助も内心ヒヤヒヤしていたから、ここでさくらが一本取れたことで二人ともひとまずは安心した。

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