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最初の仲間①
しおりを挟む勢いよく啖呵を切って「京に残る」と宣言したさくらたちであったが、その威勢の良さはたちまち萎んでいく危機に瀕していた。というのも、「将軍の警護」とは何をすればいいのか、そもそも「自分たちで浪士組を作る」としてもどうすればいいのか、途方にくれたままいたずらに時が過ぎていた。
江戸に戻る浪士たちもいきなり今日明日で帰るわけではなく、現状としては二百三十余名の浪士が壬生村に分宿しているという事実は変わらない。
「で、どうすんだよ」
八木家の一室に、「残留宣言」した十四人は額を突き合わせ座っていた。しばらく重い沈黙が流れていたのだが、芹沢が口火を切った。
「このままここでうだうだしてたって始まらねえぞ」
「それは重々わかっているのですが」さくらが眉間に皺を寄せた。
「とりあえず、仲間を集めましょう」
歳三の発言に、皆が注目した。
「仲間など集まるか。内実、皆家族に会えるなどと言って嬉々として東帰の準備をしているではないか」
こうくってかかったのは新見錦、もとは源三郎と同じ三番組にいた男である。さくらはまだこの男とそんなに話す機会がなかったから、その人となりは未知のものであったが、源三郎によれば「良く言えば頭が切れる、悪く言えば理屈っぽくて融通が利かない」だそうだ。
「何も内側からだけとは言っていない。もちろん、内側から囲い込む働きかけもするが、在京の浪士を集めることもできましょう」歳三が続けた。
芹沢は新見と顔を見合わせた。その表情はしかめ面である。芹沢はじろりと歳三を見た。
「やれるものならやってみろ。言い出しっぺのお前らが外回り、俺たちは内側から固めていく。そうと決まったら行った行った」
面倒くさそうに言う芹沢に追い立てられるように、さくら達九人は部屋を出た。
「ったく、俺たちに面倒くせえ方押しつけただけじゃねえか」左之助が悪態をついた。
「まあまあ、芹沢さんにも何か考えがあるのかもしれないし」源三郎がなだめた。
「そんなのないですよ、ありゃあ。左之助さんの言う通りだと思いますねー」と平助。
「言い出しっぺは歳三だ、というのは確かだしな」さくらが続いた。
「だがちょうどいい。そうと決まれば、九人で四組に分かれて道場破りだ」歳三が、いかにも悪だくみを考えています、と言った顔でそう言った。
「道場破り?なんでまた」
「勝っちゃん、俺たちだって道場で剣を振る毎日だったところに、今回の浪士組の話が舞い込んできて乗ったわけだろ。この京の都にも『道場で稽古はしているが、己の力を試す場を欲している』という奴は必ずいるはずだ」
「なるほどなあ。そんなに上手くいくかなぁ」
「よし、善は急げだ」
かくして、勇と源三郎、さくらと平助、山南と総司、歳三と新八と左之助が組になって、道場破りに繰り出した。
なぜ一人ずつではなく組になるんですか、と総司が問うと歳三から返ってきたのは「仲間になりたい、と思わせるのが目的だから複数で行った方が説得力が増す」というものだった。
「なんだか、こうしてサク…島崎さんと二人で道場破りに行くなんて、面白いですねえ」平助が陽気に笑った。
「面白い…まあ、そうだな」
どうせなら、山南さんと組ませてくれたらよかったのに、とさくらが内心歳三に文句を言ったのはここだけの話だ。
それでも、京の道場にはどんな剣客がいるのか、さくらは楽しみだった。
「どんなやつが待ってるんだろうな」
「どんなやつでも、僕が必ず打ち負かして仲間に入れてやりますよっ!」
そう意気込む平助を、さくらは不思議そうに見つめた。
「なんですか?」
「その『僕』という言い方、あの二百何十人の中でも誰も使っていなかったなぁ、と思って」
男子の一人称「僕」は、明治以降になってから使われたものと言われているが、長州の吉田松陰が開いた松下村塾では、「私たちは皆等しく帝の僕である」といった意味合いで使われていたようだ。
「それを北辰一刀流の仲間から聞いた伊東先生も使い始めたんです。それで僕も。もっとも、外で初対面の人に会う時なんかは使わないですけどね」試衛館に来たばかりの頃、平助はそんなことを言っていた。ちなみに伊東先生というのは、平助が試衛館に来る前に通っていた道場の主だ。
「いいんです。いっそ、僕が広めますよ」ニッと歯を見せて笑う陽気な若者に、さくらもつられて微笑んだ。
「私も使ってみようかなぁ」さくらは冗談混じりに言った。
「いいじゃないですか!島崎さんの男っぷりが上がりますよ!」
そんな他愛もない話をしながら、二人は手頃な道場を求めて町はずれまでやってきた。そして、吉田道場という看板のある小さな道場を見つけた。
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