浅葱色の桜

初音

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入洛①

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 山道獣道を含む残りの旅程を終え、浪士組一行はついに京の都に到着した。
「江戸の賑わいとはまた雰囲気が違うなぁ」
 さくら達はそんなことを言いながら、おのぼりさんよろしく、町の景色に見とれた。
 聞こえてくる言葉も江戸とは違い、京の風情に花を添えるようである。
 しかし、いわゆる都会的な景色はすぐに過ぎ、一行は田園地帯に入っていった。
 静かな村だ。時折すれ違う住人たちは、浪士組一行を見て顔をしかめる。こんなにたくさんの男たちが徒党を組んで歩いてくることなど、初めてのことであろうから、無理もない。
 やがて大きな家が立ち並ぶ通りに入ると、相変わらず先回りしていた勇が隊列の先頭に立ち、浪士達に滞在先を案内した。
「一番組と二番組の皆さんはこちらの前川邸、三番組と六番組の皆さんはそちらの八木邸にお願いします」
 やっと源三郎や総司の義兄・林太郎らと合流できると、さくらは勇の采配に心の中で拍手を送り、芹沢らと共に八木邸に入った。
 荷ほどきしたのも束の間、浪士たちは八木邸の斜向かいにある新徳寺に呼ばれた。さくら達は源三郎や林太郎とも合流し、揃って新徳寺の広間に入った。
 全員が揃うのを待っている間、山岡がさくら達に近づいてきた。一緒にいるのは村上俊五郎という男で、旅の当初は六番組の組頭としてさくら達と行動を共にしていた人物だ。どうやら山南に用件があるようで、さくら達のことなど見えないかのように、山岡と村上はまっすぐに山南へ声をかけた。
「山南殿、先日の一件ですが、村上殿もこの通り反省しております。どうか穏便に済ませてはいただけませんか」
 何があったかというと、ちょうどさくら達が殿内と一悶着を起こした数日後に、組頭の村上が言ったことが発端となりもう一悶着あったのである。
 道中、村上は聞こえよがしにこんなことを言った。
「まったく、とんだ貧乏くじを引いたものだ。うちの組の連中ときたら、焚き火に薪をくべるわ、挙げ句女子まで混ざっているわ……」
 その言葉に反論しようと口を開きかけたのはさくらと歳三であったが、山南が首を横に振って二人を制した。
 歳三は不満げな顔で山南を見たが、山南が小声で「少し待ってください」と言ったので様子を見守った。
 村上はそんな様子に気づいているのかいないのか、話を続けた。
「山南殿。あなたは他の連中と違い分別あるお方と見受けた。なぜあなたのような方がこんなやつらとつるんでおるのだ。特にその島崎とかいう女。こんなところまでぬけぬけと付いて来るなど不届き千万。あなたから説得してこのような者、江戸にお返しなさい」
 村上に今にもつかみかかろうとするさくらを総司、新八が、同じく歳三を左之助、平助が後ろから押さえた。
「村上殿」山南はゆっくりと村上の名を呼んだ。
 山南の背中からは怒気が溢れているのが、背後のさくら達に伝わってきた。
「分別があるからこそ、私は島崎さん達と行動をともにしている。彼女を愚弄するということは私のことも愚弄していることと同じですぞ!」
「な、なんだ、その口の利き方は……!その女など、この場で斬り捨ててもよいところを、山岡殿のご厚情で生かしてやっているに過ぎぬのだぞ!」
「ならば、斬り捨てればよいでしょう。島崎はあなたのような者にやすやすと斬られる女ではございませんが」
「何だと……!」
 村上は刀の柄に手をかけた。口ではさくらと斬ると言ってはいるが、目の前に立ちはだかるのは山南である。
「まずは私を斬り捨ててから、島崎殿を斬ればよろしい。もっとも、その後に控える沖田が、必ずや我らの仇を討ってくれるでしょう」
 さくらは総司を見た。総司も同じようにさくらを見、二人とも照れくさそうに微笑んだ。
「そこまでですよ、お二人様」
 こうしている間にも、また六番組で騒ぎが起きているようだと、鵜殿と山岡が駆けつけてきていた。
「村上殿、山南殿、もうすぐ京の都へ着きますから、着いてからまた協議をしましょう。それまでは、何卒、落ち着いて」
 そんな山岡の仲裁で一旦場は収まった。

 そして、今に至る。
「も、申し訳なかった……」村上はしゅんと縮こまって、ごにょごにょと謝罪した。
 山南はその言葉を聞き、眉根を寄せて二人を見た。やがて、「山岡様がそうおっしゃるのであればそういたしましょう」と、目尻を下げて微笑んだ。
 そして、何事もなかったかのように、部屋の奥まで歩いていき、どっかりと腰を下ろした。
 さくらはその後ろに座り、じっと山南の背中を見つめた。
 ――かっっこよかったなあぁ、昨日の山南さん……
 さくらはニヤけてしまわないよう顔に力を入れた。
 組長相手に啖呵を切って応戦したこともそうだが、何より自分の腕を人前で褒めたうえ、結果としてさくらを守ってくれた。そのことが嬉しくてくすぐったくて、昨日からさくらはなんともいえない幸福感に包まれていたのだった。
 結果、村上は命拾いをしたものの、六番組の組頭を降格させられ、勇が組頭に任ぜられた。
 ちなみに、この京までの道中、下諏訪宿で篝火かがりび事件を起こした芹沢や、さくらを斬ろうと図った殿内も、江戸を出発した時にはついていた「役職」を解かれて降格させられていた。
 勇も遅れて新徳寺にやってくると、さくらの隣に座った。ほぼ時を同じくして、新徳寺の広間は浪士でいっぱいになった。それを待っていたかのように、清川八郎が登場する。
「そういえば、清川さんって、道中とんと見かけなかったが、今までどこにいたんだろうな」さくらはヒソヒソと勇に尋ねた。
「どうも、東海道から先回りしてたみたいだぞ」勇が眉をひそめた。
「なんだ、自分だけ楽な道か」さくらはふんっと鼻を鳴らし、浪士たちの前で偉そうに立っている清川を見た。
「諸君、長旅ご苦労であった。早速ではあるが、来たる将軍様ご上洛の前に、まずは朝廷への建白書を奉りたいと思う。公武が合体し、攘夷を決行するからには、我ら浪士が無事京の都に入ったこと、改めて上様警護の一隊を作ることをご報告差し上げるべきと考えるからだ」
 清川は仰々しくそう言うと、すでに用意していたであろう書状を掲げた。
「この書状に、皆に署名していただきたい」
 将軍家茂が京に入るのは約十日後の予定であったから、この清川の言い分は至極まっとうであり、二百三十余名の浪士たちは皆順番に署名した。
 全員が署名し終えると、その場は解散となった。 

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