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島崎朔太郎③
しおりを挟む居酒屋を出て宿に戻る道中、さくらは背後から何者かに尾けられているような気配を感じた。
バッと振り返るとさくら達の前に見知らぬ男が二人立っていた。提灯の明かりでぼんやりとしか見えないが、彼らの表情はどう見てもさくら達に好意的な気持ちがあるようには見えない。
他愛もない話に花を咲かせていたさくら達であったが、一瞬にして水を打ったように静かになった。
「昨日の女子だな」前方に立つ男が不敵な笑みを浮かべた。
「あんた誰だ?」真っ先に左之助が尋ねた。一方で山南は男の顔に見覚えがあるらしく、ハッとしたような顔をして「原田くん!」とたしなめた。
「ほう。私の名を知らぬと申すか」男は眉間に皺を寄せてそう言った。
「申し訳ありませんが存じませぬ」さくらは男を睨んだ。もしかしたら、周斎から譲り受けた刀が初めて役に立つかもしれないと、左手で刀の鞘を握った。
男は尊大に胸を張って自己紹介した。
「殿内義雄。浪士取締役を仰せつかっている。同じくこちらは家里と申す」
「それは失礼致しました。何か御用で?」
なんだ、仲間だったのか、とは思いながらも殿内が放つ殺気に警戒心を緩めることなく、さくらは口先だけで謝意を示した。
「用か」
殿内がもったいぶった調子で言った次の瞬間、さくらの目の前に白刃がきらめいた。
殿内が瞬時に抜いた刀を、さくらはとっさに持っていた提灯で払った。
その隙に、歳三が体当たりをして殿内をよろめかせ、取り落とした刀を総司が素早く奪った。
「な、何をする!」無様に尻餅を付いた殿内が叫んだ。後ろにいた家里という男は、少し離れた位置から「お主ら、この方は浪士取締役であるぞ!」と吠えた。
「何をするとは」
「何をする、はこちらの台詞です。こんな不意打ちのような真似をしてタダで済むとお思いですか。仮にも取締役が聞いてあきれる」
さくらが言い終わる前に、勇がずいと前に出て殿内に睨みを利かせた。その威圧的な視線に殿内はたじろいだ。
「うるさいうるさい!鵜殿様が認めても私は認めぬ!皆山岡の言葉にほだされおって!なぜ女子が浪士組の一員として行動を共にせねばならんのだ!」
「その件でしたら直接鵜殿様や山岡様にお聞きになったらよろしいではないですか」勇はいつになく冷たい視線を殿内に投げかけた。
「勝っちゃん、こいつは大方自分が上にかけあったところで決定を覆せねえと踏んでサクを斬りに来たんだろうよ」歳三がわざとらしく言う。
さくらは殿内を睨み、もう一度自身の刀の鞘を左手で握った。
しかし、当の殿内はといえばすっかり戦意を喪失したようで、顔からどんどんと血の気が引いていくのが見て取れた。
「そこのお前、刀を返せ!」殿内は力を振り絞るように総司に向かって吼えた。
「えー?どうしましょうか。ねえ、島崎先生?」総司がにやにやと笑いながらさくらを見る。
「そうだな……」
さくらは提灯を平助に手渡すと、刀の柄を右手で握った。
目の前の相手は、タジタジとさくらを見るばかりである。
しばらく殿内を睨みつけていたさくらであったが、彼のその様子を見て、両手を刀から離した。
「殿内殿」
「な、なんだ」
「今日のところはこれで終いにしましょう。しかし、またこのようなことがあった暁には、返り討ちにさせていただく」
さくらの真剣な眼差しに、殿内がごくりと唾を飲む音が聞こえた。
「せっかく鵜殿様が私のことをお認めくださったのです。ここで無用なもめ事を起こすのは得策ではない。仲間内での刃傷沙汰など御免こうむりたいですし。わかっていただけますね。総司、刀を返してやってくれ」
総司は「承知」と微笑むと、殿内に刀を手渡した。
「あんた、命拾いしたな」左之助がニッと歯を見せて笑った。
殿内は受け取った刀を鞘に納めると「お前など、すぐにこの組にいられないようにしてやる!」と吐き捨て、往来に去っていった。
「なんだったんですかね一体……」総司がぽかんとして、殿内と家里の背中を見つめた。
「あいつ、絶対剣の腕は大したことないぜ」歳三が言った。
山南が、ふうと息をついた。
「山岡様や鵜殿様は認めてくださったが、ああいう考えを持った人もいるということだ。…朔太郎さん、くれぐれも、気をつけてください。京に着くまでまだ道のりは長い。こういうことはまた起きるかもしれません」
さくらは「はい」と返事をして山南を見つめた。
この殿内という男、再びさくら達の前に立ちはだかることになるのだが、それは少し先の話。
前途多難なさくらの旅路は、まだ始まったばかりだ。
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