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島崎朔太郎①
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途端に、浪士たちがざわつき始める声が聞こえた。
「女…?」
「あの島崎ってやつか?」
――ここまでか。
さくらは唇を噛んだ。女だとバレた時の”策”はあるが、まさかこの衆人環視の場で使うことになろうとは思ってもみなかった。
聞かなかったふりをして、しれっと宿に戻ろうかと思ったさくらだったが、時すでに遅し。
「その方!」
通りの良い声でさくらを呼び、ツカツカと目の前にやってきたのは佐々木だった。山岡も一緒だ。
「はい」さくらは毅然と返事をした。
「女子であるとは真か」佐々木は驚きの眼差しでさくらを見た。
「男か、女かと言われれば、女でございます。しかし、今そのような話をしている場合ですか?宿場町を騒がせてしまったのですから、この薪の後片付けをせねばならないのでは?」
さくらは真っすぐに佐々木を見た。
ここで焦れば負けだ。なんとか話題をそらす方向に持っていけないかと考えながらも、さくらは脳内で”策”の内容を反芻した。
「話をはぐらかすな。そなた、身分を偽っていたと申すか」佐々木が言った。
「身分は天然理心流道場試衛館の師範代であることは真です。試しに手合わせをしても構いませぬが」
「そういうことではない。女子であるのに、男と偽ったのかと聞いている」
「偽った、というのはいささか違います。浪士組に参加するにあたり、心機一転、名と髪型を変えたまでのこと。こちらの近藤勇も此度の道のりを前に月代を剃りました。聞けば、芹沢さんも浪士組参加にあたって名を変えたと。同じことです。身分を偽っているのではなく、ただ名と髪型を変えただけにございます」
「屁理屈を抜かすな」
「ここまでの道のりで、ただの一度も私が男であるか、女であるか聞かれたことはありませんでした。だから答えなかったまでのこと。ですから、重ねて申し上げる通りここまでの道のりで、もちろん今この時も、嘘はついておりませぬ」
佐々木は黙りこくってしまった。その後ろで、山岡が少し可笑しそうに微笑んでいるのが見える。
「では、言い方を変えよう。尽忠報国の志を持ち、公方様の警護の任に就けるのは男だけである。芹沢の焚火をやめさせたことに免じて命までは取らぬ故、明日の朝一番で江戸に帰られよ」
「それは承服致しかねます」
「なぜだ」
「私にも尽忠報国の志があるからでございます。お聞きしますが、男と女の違いは何ですか。ここに集まっている皆様と私に、何の違いがあると言うのですか」
集まった浪士たちは、固唾を呑んでさくらと佐々木のやりとりを見ている。
さくらは目の端で、歳三や総司、芹沢までもがニヤリと笑みを浮かべて自分を見ているのを捉えた。
佐々木が言い返そうと言葉を選んでいる様子を見ながら、さくらは畳みかけるようにダメ押しの一言を言った。
「同じだけ尽忠報国の志を持ち、同じだけの剣術の強さを持った男と女がいたとして、その違いがもしナニの有る無しによってのみ区別されるというのならば、公方様の前で裸になるわけではあるまいし、その有無が公方様の前で何の役に立つというのです」
佐々木はぐうの音も出ないようで、ぐっと唇を結んだあとに、「女子がそのようなはしたない物言いを…!」と的外れなことを言うに留まった。
「もとより、此度の任を全うするにあたり、普通の女子らしさなどとうに捨てております。はしたなくて結構。私は公方様のお役に立ちたい一心でここまで参ったのでございます」
ここまで言えば、もうさくらの勝ちは見えた。山岡が、トントンと佐々木の肩を叩いた。
「佐々木さん、私からもお願いしますよ。島崎殿の強いご意思があれば、必ずや上様のお役に立つ働きをしてくれるでしょう」
「しかし……」
佐々木が口ごもると、芹沢が会話に割って入った。
「わかんねえのか。ここまでして来た島崎を帰すってんなら、あんたの男がすたるぜ」
――芹沢さん、助け船はありがたいが元はといえばあなたが私の正体をばらしたからこんなことに……
さくらは苦笑を浮かべ芹沢を見た。
佐々木はチッと舌打ちをした。
「ひとまず、今宵のところは皆宿に戻られよ。島崎、その方の処遇については明日、他の取締役とも協議のうえ決めよう」
佐々木は吐き捨てるように言うと、自分の宿がある方の道へ去っていった。
さくらは力を入れていた全身を脱力させ、すとん、と頭を地面につけた。
「はあああ~……緊張したあ……」
「サク、よくやった」隣に座っていた勇がさくらの背中をぱんぱんと叩いた。
「お見事でした、さくらさん」山南が駆け寄ってきて、さくらの前で跪いた。
「かっこよかったですよ、姉先生」総司は今にも声を出して笑いそうな顔をしている。
左之助と平助がやってきて、濡れた手拭いをさくらと勇に差しだしてくれた。
「ほら、火の前で暑かっただろ」
「ありがとう」さくらは手拭いを受け取ると、顔や首筋を拭った。
すると、さくらの前に山岡がやってきた。
山岡は跪くと、少し嬉しそうな、満足げな笑みを浮かべた。
「よくぞここまで来てくださいました。近藤さくらさん」
「山岡様……」
「明日の協議では、良きに取り計らえるよう、骨を折りましょう」
「……ありがとうございます!」
さくらは満面の笑みで山岡を見た。山岡も、人の良さそうな笑顔で頷き、その場を去っていった。
その姿を見送ると、さくらは歳三に笑いかけた。
「歳三。恩に着る」
「へっ。当たり前だ」歳三はニヤリと笑みを浮かべた。
「女…?」
「あの島崎ってやつか?」
――ここまでか。
さくらは唇を噛んだ。女だとバレた時の”策”はあるが、まさかこの衆人環視の場で使うことになろうとは思ってもみなかった。
聞かなかったふりをして、しれっと宿に戻ろうかと思ったさくらだったが、時すでに遅し。
「その方!」
通りの良い声でさくらを呼び、ツカツカと目の前にやってきたのは佐々木だった。山岡も一緒だ。
「はい」さくらは毅然と返事をした。
「女子であるとは真か」佐々木は驚きの眼差しでさくらを見た。
「男か、女かと言われれば、女でございます。しかし、今そのような話をしている場合ですか?宿場町を騒がせてしまったのですから、この薪の後片付けをせねばならないのでは?」
さくらは真っすぐに佐々木を見た。
ここで焦れば負けだ。なんとか話題をそらす方向に持っていけないかと考えながらも、さくらは脳内で”策”の内容を反芻した。
「話をはぐらかすな。そなた、身分を偽っていたと申すか」佐々木が言った。
「身分は天然理心流道場試衛館の師範代であることは真です。試しに手合わせをしても構いませぬが」
「そういうことではない。女子であるのに、男と偽ったのかと聞いている」
「偽った、というのはいささか違います。浪士組に参加するにあたり、心機一転、名と髪型を変えたまでのこと。こちらの近藤勇も此度の道のりを前に月代を剃りました。聞けば、芹沢さんも浪士組参加にあたって名を変えたと。同じことです。身分を偽っているのではなく、ただ名と髪型を変えただけにございます」
「屁理屈を抜かすな」
「ここまでの道のりで、ただの一度も私が男であるか、女であるか聞かれたことはありませんでした。だから答えなかったまでのこと。ですから、重ねて申し上げる通りここまでの道のりで、もちろん今この時も、嘘はついておりませぬ」
佐々木は黙りこくってしまった。その後ろで、山岡が少し可笑しそうに微笑んでいるのが見える。
「では、言い方を変えよう。尽忠報国の志を持ち、公方様の警護の任に就けるのは男だけである。芹沢の焚火をやめさせたことに免じて命までは取らぬ故、明日の朝一番で江戸に帰られよ」
「それは承服致しかねます」
「なぜだ」
「私にも尽忠報国の志があるからでございます。お聞きしますが、男と女の違いは何ですか。ここに集まっている皆様と私に、何の違いがあると言うのですか」
集まった浪士たちは、固唾を呑んでさくらと佐々木のやりとりを見ている。
さくらは目の端で、歳三や総司、芹沢までもがニヤリと笑みを浮かべて自分を見ているのを捉えた。
佐々木が言い返そうと言葉を選んでいる様子を見ながら、さくらは畳みかけるようにダメ押しの一言を言った。
「同じだけ尽忠報国の志を持ち、同じだけの剣術の強さを持った男と女がいたとして、その違いがもしナニの有る無しによってのみ区別されるというのならば、公方様の前で裸になるわけではあるまいし、その有無が公方様の前で何の役に立つというのです」
佐々木はぐうの音も出ないようで、ぐっと唇を結んだあとに、「女子がそのようなはしたない物言いを…!」と的外れなことを言うに留まった。
「もとより、此度の任を全うするにあたり、普通の女子らしさなどとうに捨てております。はしたなくて結構。私は公方様のお役に立ちたい一心でここまで参ったのでございます」
ここまで言えば、もうさくらの勝ちは見えた。山岡が、トントンと佐々木の肩を叩いた。
「佐々木さん、私からもお願いしますよ。島崎殿の強いご意思があれば、必ずや上様のお役に立つ働きをしてくれるでしょう」
「しかし……」
佐々木が口ごもると、芹沢が会話に割って入った。
「わかんねえのか。ここまでして来た島崎を帰すってんなら、あんたの男がすたるぜ」
――芹沢さん、助け船はありがたいが元はといえばあなたが私の正体をばらしたからこんなことに……
さくらは苦笑を浮かべ芹沢を見た。
佐々木はチッと舌打ちをした。
「ひとまず、今宵のところは皆宿に戻られよ。島崎、その方の処遇については明日、他の取締役とも協議のうえ決めよう」
佐々木は吐き捨てるように言うと、自分の宿がある方の道へ去っていった。
さくらは力を入れていた全身を脱力させ、すとん、と頭を地面につけた。
「はあああ~……緊張したあ……」
「サク、よくやった」隣に座っていた勇がさくらの背中をぱんぱんと叩いた。
「お見事でした、さくらさん」山南が駆け寄ってきて、さくらの前で跪いた。
「かっこよかったですよ、姉先生」総司は今にも声を出して笑いそうな顔をしている。
左之助と平助がやってきて、濡れた手拭いをさくらと勇に差しだしてくれた。
「ほら、火の前で暑かっただろ」
「ありがとう」さくらは手拭いを受け取ると、顔や首筋を拭った。
すると、さくらの前に山岡がやってきた。
山岡は跪くと、少し嬉しそうな、満足げな笑みを浮かべた。
「よくぞここまで来てくださいました。近藤さくらさん」
「山岡様……」
「明日の協議では、良きに取り計らえるよう、骨を折りましょう」
「……ありがとうございます!」
さくらは満面の笑みで山岡を見た。山岡も、人の良さそうな笑顔で頷き、その場を去っていった。
その姿を見送ると、さくらは歳三に笑いかけた。
「歳三。恩に着る」
「へっ。当たり前だ」歳三はニヤリと笑みを浮かべた。
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