浅葱色の桜

初音

文字の大きさ
上 下
74 / 205

島崎朔太郎①

しおりを挟む
 途端に、浪士たちがざわつき始める声が聞こえた。
「女…?」
「あの島崎ってやつか?」
 ――ここまでか。
 さくらは唇を噛んだ。女だとバレた時の”策”はあるが、まさかこの衆人環視の場で使うことになろうとは思ってもみなかった。
 聞かなかったふりをして、しれっと宿に戻ろうかと思ったさくらだったが、時すでに遅し。
「そのほう!」
 通りの良い声でさくらを呼び、ツカツカと目の前にやってきたのは佐々木だった。山岡も一緒だ。
「はい」さくらは毅然と返事をした。
「女子であるとは真か」佐々木は驚きの眼差しでさくらを見た。
「男か、女かと言われれば、女でございます。しかし、今そのような話をしている場合ですか?宿場町を騒がせてしまったのですから、この薪の後片付けをせねばならないのでは?」
 さくらは真っすぐに佐々木を見た。
 ここで焦れば負けだ。なんとか話題をそらす方向に持っていけないかと考えながらも、さくらは脳内で”策”の内容を反芻した。
「話をはぐらかすな。そなた、身分を偽っていたと申すか」佐々木が言った。
「身分は天然理心流道場試衛館の師範代であることは真です。試しに手合わせをしても構いませぬが」
「そういうことではない。女子であるのに、男と偽ったのかと聞いている」
「偽った、というのはいささか違います。浪士組に参加するにあたり、心機一転、名と髪型を変えたまでのこと。こちらの近藤勇も此度の道のりを前に月代を剃りました。聞けば、芹沢さんも浪士組参加にあたって名を変えたと。同じことです。身分を偽っているのではなく、ただ名と髪型を変えただけにございます」
「屁理屈を抜かすな」
「ここまでの道のりで、ただの一度も私が男であるか、女であるか聞かれたことはありませんでした。だから答えなかったまでのこと。ですから、重ねて申し上げる通りここまでの道のりで、もちろん今この時も、嘘はついておりませぬ」
 佐々木は黙りこくってしまった。その後ろで、山岡が少し可笑しそうに微笑んでいるのが見える。
「では、言い方を変えよう。尽忠報国の志を持ち、公方様の警護の任に就けるのは男だけである。芹沢の焚火をやめさせたことに免じて命までは取らぬ故、明日の朝一番で江戸に帰られよ」
「それは承服致しかねます」
「なぜだ」
「私にも尽忠報国の志があるからでございます。お聞きしますが、男と女の違いは何ですか。ここに集まっている皆様と私に、何の違いがあると言うのですか」
 集まった浪士たちは、固唾を呑んでさくらと佐々木のやりとりを見ている。
 さくらは目の端で、歳三や総司、芹沢までもがニヤリと笑みを浮かべて自分を見ているのを捉えた。
 佐々木が言い返そうと言葉を選んでいる様子を見ながら、さくらは畳みかけるようにダメ押しの一言を言った。
「同じだけ尽忠報国の志を持ち、同じだけの剣術の強さを持った男と女がいたとして、その違いがもしナニの有る無しによってのみ区別されるというのならば、公方様の前で裸になるわけではあるまいし、その有無が公方様の前で何の役に立つというのです」
 佐々木はぐうの音も出ないようで、ぐっと唇を結んだあとに、「女子がそのようなはしたない物言いを…!」と的外れなことを言うに留まった。
「もとより、此度の任を全うするにあたり、普通の女子らしさなどとうに捨てております。はしたなくて結構。私は公方様のお役に立ちたい一心でここまで参ったのでございます」
 ここまで言えば、もうさくらの勝ちは見えた。山岡が、トントンと佐々木の肩を叩いた。
「佐々木さん、私からもお願いしますよ。島崎殿の強いご意思があれば、必ずや上様のお役に立つ働きをしてくれるでしょう」
「しかし……」
 佐々木が口ごもると、芹沢が会話に割って入った。
「わかんねえのか。ここまでして来た島崎を帰すってんなら、あんたの男がすたるぜ」
 ――芹沢さん、助け船はありがたいが元はといえばあなたが私の正体をばらしたからこんなことに……
 さくらは苦笑を浮かべ芹沢を見た。
 佐々木はチッと舌打ちをした。
「ひとまず、今宵のところは皆宿に戻られよ。島崎、その方の処遇については明日、他の取締役とも協議のうえ決めよう」
 佐々木は吐き捨てるように言うと、自分の宿がある方の道へ去っていった。
 さくらは力を入れていた全身を脱力させ、すとん、と頭を地面につけた。
「はあああ~……緊張したあ……」
「サク、よくやった」隣に座っていた勇がさくらの背中をぱんぱんと叩いた。
「お見事でした、さくらさん」山南が駆け寄ってきて、さくらの前で跪いた。
「かっこよかったですよ、姉先生」総司は今にも声を出して笑いそうな顔をしている。
 左之助と平助がやってきて、濡れた手拭いをさくらと勇に差しだしてくれた。
「ほら、火の前で暑かっただろ」
「ありがとう」さくらは手拭いを受け取ると、顔や首筋を拭った。
 すると、さくらの前に山岡がやってきた。
 山岡は跪くと、少し嬉しそうな、満足げな笑みを浮かべた。
「よくぞここまで来てくださいました。近藤さくらさん」
「山岡様……」
「明日の協議では、良きに取り計らえるよう、骨を折りましょう」
「……ありがとうございます!」
 さくらは満面の笑みで山岡を見た。山岡も、人の良さそうな笑顔で頷き、その場を去っていった。
 その姿を見送ると、さくらは歳三に笑いかけた。
「歳三。恩に着る」
「へっ。当たり前だ」歳三はニヤリと笑みを浮かべた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

紫苑の誠

卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。 これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。 ※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。

庚申待ちの夜

ビター
歴史・時代
江戸、両国界隈で商いをする者たち。今宵は庚申講で寄り合いがある。 乾物屋の跡継ぎの紀一郎は、同席者に高麗物屋の長子・伊織がいることを苦々しく思う。 伊織には不可思議な噂と、ある二つ名があった。 第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞しました。 ありがとうございます。

新撰組のものがたり

琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。 ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。 近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。 町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。 近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。 最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。 主人公は土方歳三。 彼の恋と戦いの日々がメインとなります。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

北武の寅 <幕末さいたま志士伝>

海野 次朗
歴史・時代
 タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。  幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。  根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。  前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。 (※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...