浅葱色の桜

初音

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恩人③

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 さくらが芹沢を見つけた時には、すでに手遅れだった。
 宿場町の十字路が交差する、少し広い場所で、芹沢は焚火を始めていた。
「お前ら、もっと薪を持ってこい」
 芹沢はくいっと顎で後方を指すと、一緒にいた平山、平間、野口が「へいっ」と言って薪を取りに消えた。
 ちょうどその時、さくらの知らない男と、源三郎、総司の義兄・林太郎が現れた。
「芹沢さん、こんなところで何を」知らない男が尋ねた。
新見にいみか。お前も薪を持ってこい。今日俺ぁ野宿するんだ」
「なんでまた」
「部屋がねえんだよ。しょうがねえだろ」
 不自然に外が明るいのを訝って新見と共に駆け付けた源三郎たちは、さくらを見つけると「どうなってるんだ?」と尋ねた。
「手違いがあってな、芹沢さんが入るはずだった部屋が空いてなかったんだよ。それで怒ってしまったようだ」
「そんな……」源三郎は絶句した。
 程なくして、平山たちが持ってきた薪が投入された。焚火はどんどん大きくなっていき、あっという間にその炎の先端はさくらの背よりも高いところまで到達してしまった。
 あたりには火の粉がパチパチと舞い、二月だというのに汗ばむような熱気に包まれる。
 さくらを追ってやってきた勇たちや、山岡や佐々木忠三郎といった浪士の取締役も現れて一大騒ぎとなった。
 勇は芹沢の前で正座し、頭を下げた。
「芹沢さん、此度のことは部屋のことをよく確かめなかった私の落ち度です。誠に申し訳ありませんでした。どうか、火を消していただけませんでしょうか。代わりの部屋を必ず用意いたします」
 芹沢は何も言わずに、手にしていた酒瓶からぐいっと酒を飲んだ。その顔は炎のせいか、酒のせいか、赤らんでいた。
「構わねえよ。俺は今日はここで夜を明かさせてもらう」
「芹沢さん!お願いします、火を消してください」
 勇の懇願も聞かず、芹沢はむしろ薪の量を増やす一方であった。
「芹沢さん!」
 さくらは堪らず勇の隣に飛び出していった。
「このままでは宿場町に飛び火してしまいます!公方様の警護に向かう我らが、こんなところで市井の人々に迷惑をかけて良いとお思いですか!」
 芹沢はゆっくりとさくらを見た。その目を見て、さくらは改めて、この人は紛れもなくあの時母の仇を取った侍であると確信した。
「お前、俺にそんな口を利いていいのか?お前は俺に借りがあるはずだ」
「私は、あなたに感謝しています。あなたのような強い武士になりたいと思っています。ですから、私の期待を裏切らないでいただきたい」
「はっ。とんだ屁理屈だな」
「本心でございます」 
 芹沢は、さくらの頭から地面に正座している膝頭まで、舐めるように、品定めするように、目をやった。
 なんとも長く感じられる居心地の悪い沈黙が流れる。
 その場にいた全員の視線が、さくらと芹沢に集中した。炎のはじけるパチ、パチという音だけがやたら大きく響く。
 やがて、芹沢はふっと不敵な笑みを浮かべた。
「平間!野口!水持ってこい」
 呼ばれた二人は「いいんですかい?」と虚を突かれたような顔で言い、芹沢の「いいから早くしろ!」という言葉に慌てて水を取りに行った。
「ありがとうございます!」さくらと勇は頭を下げた。
 芹沢はふんっと鼻を鳴らすと、再び酒を煽った。
 やがて、平間たちが持ってきた水桶で居合わせた者たちは焚火の消火を始めた。
 火が消えると、火の粉の弾ける音も消え、あたりは暗闇と一層の静寂に包まれた。
「芹沢さん、部屋の空いている宿がありました。こちらへ」山南が現れ、芹沢の右手の路地を指し示した。さくらと勇が頭を下げている間に、山南、歳三、新八らが芹沢用の部屋探しに奔走していたのだった。
 芹沢は重そうに腰を上げると、さくらを見下ろした。
「女だてらに、肝が据わっていやがる」
 静寂を取り戻した広場に、その声はいやに響いた。
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