浅葱色の桜

初音

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恩人②

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 それから一行は旅程の半分ほどとなる下諏訪宿に差し掛かった。勇は先回りをして下諏訪の宿場町に入り、浪士やその取締役の宿を抑えるべく奔走していた。
「ごめんください、本日夜こちらに二百四十名の浪士隊が到着致します。相部屋で構いませぬので、空いている部屋をあるだけ抑えていただけませんか」
 そんな台詞を言いながら勇は宿を渡り歩いた。部屋割りはだいたい同じ隊の者で同室にする流れになっていたことに、勇は安堵していた。さくらと同室になる面々を自然と試衛館の気心知れた仲間にすることができたからだ。
 それとは別に、勇はもう一つ部屋割りを決める上で留意していたことがあった。
 ――三畳と狭いが、相部屋よりくつろいでもらえるだろう。
 勇はもらった宿の見取り図に書いてある「菊の間 三畳」と書いてある箇所に丸印をつけた。多くの浪士が相部屋で雑魚寝をする中、勇は芹沢の部屋としてその個室をあてがった。
 芹沢がさくらの恩人であることと、十中八九女であることがバレている、ということをさくらに聞いてから、勇は芹沢の扱いに気を使うようにしていた。粗相をすればさくらの正体をばらされるかもしれないわけで、丁重に扱うことに越したことはない。
 かくして、日が沈む頃に後発の浪士たちが下諏訪宿に到着した。
「一番組の皆様は東雲しののめ屋へ、二番組の皆様は観乃屋へお願いします」
 勇は到着した浪士たちを次々と案内していった。やがて、見慣れた顔が現れ勇の顔は自然とほころんだ。
「六番組の皆様は中富屋へお願いします」
 勇はそう言いながら中富屋の見取り図をさくらに手渡した。各部屋の上に泊まるべき人の名前が書いてある。島崎、山南、土方、沖田、永倉……
 さくらはそれを見て顔を赤らめた。さくらの正体がばれないように勇がよかれと思ってこういう割り振りにしてくれているのは重々承知している。しかし、山南と同室で雑魚寝をするという状況で熟睡できない日も多く、すでに目の下にはクマができていた。
 ――今日は絶対に、山南さんからは離れたところで寝る!
 さくらはそんな決意を胸に宿に入った。

 一行は今日も宿の外にある食事処で各々夕食を済ませ、それぞれの宿に戻った。
 しかし、事件はその時起きた。
「おい、近藤っ!近藤はいねえのか!」
 芹沢の声が宿中に響いた。
 さくら達の宿泊していたのは建物の一階で、二階に例の菊の間があった。
 今日は勇も同室であったから、「芹沢さん、どうかなされましたか」と階段の方へ向かった。
「どうもこうも、後から来たやつが自分が部屋を取っていたのだから出てけとぬかしやがる」
 えっ、と勇の顔が青ざめた。
 すぐに宿の主に確認すると、手違いで予約が重複していたようであった。しかも、先に予約を取っていたのは後からやってきた侍だということと、そちらの方が脱藩浪士ではなくれっきとしたどこぞの藩士であったからという理由で、優先順位はその侍の方になってしまった。
「芹沢さん、我々の部屋に一緒に入りましょう」勇は慌てて言ったが、すでに酒に酔っていたと思われる芹沢は「いらねえよ」と吐き捨てるように言うと、宿を出ていった。
「芹沢さん!」さくらは後を追って宿を出た。

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