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親の想い、仲間たちの想い③
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伝通院への集合期日まであと七日と迫り、さくらの「断髪式」が行われた。
男性の髪型は大きく分けて、頭頂部を剃って髷を結う「月代」と、頭頂部はそのままに髷を結う「総髪」の二つである。もともとは、きちんと月代にするのが身だしなみとされてきたが、この頃は総髪が言わば「流行の髪型」という捉え方をされており、なんだかんだで試衛館の男性陣も全員総髪であった。
さくらはひとまず、総髪にしてどの程度男に見えるかを試すこととなるのだが、後の世の女性ならなんの抵抗もない「肩下くらいまで髪を切る」のがこの時代の女性には大事である。もちろん、さくらも例に漏れず、覚悟は決めたと言ったものの、いざ髪結いが家にやってくると、なんだか急に胃の調子が悪くなるのであった。
「稽古の時は髪下ろしてただろ。後ろ髪が長いってだけで、それがほんの少し短くなるだけじゃねえか」左之助は茶を啜った。
「そうは言っても女子が髪を切るというのは大変なもんなんだ」新八も湯飲みに口をつけた。
「ふっ、あんなんでも女は女だな」歳三がニヤリと笑った。
さくらが、髪を切り終わるまでは絶対に中に入るな、でも切り終わったらすぐに感想が聞きたいと言うので、一番暇だった三人は別室で待っていた。
他の者たちは、旅に必要なものを買い出しに行ったり稽古をしたりと思い思いに過ごしている。
「問題は、総髪がダメだった時だ。月代を入れるとなるとさすがのアイツもどう出るか…」歳三が言った。
「総髪でも大丈夫なんじゃねえか?さくらちゃん、もともとこう、きりっとした顔してるし」左之助は脳天気である。
やがて髪を切り終わったようで歳三たちの前にさくらが現れた。
「どう…かな…」
さくらは手で頭を隠そうとしていたが、そんなことで隠れるはずもなく、その新しい髪型を歳三たちに披露した。
「いいんじゃねえか!?立派な侍に見えるぜ!」左之助が満足げに笑った。
しかし、歳三と新八は黙ってさくらを見ていた。
「新八よお、これはあれか、俺たちがさくらのことを男装した女だと思って見てるからあれなのか」
「私もまさに同じことを考えていました。我々の目で、大丈夫だと言い切れるでしょうか」
「だ、駄目なのか?」さくらは不安げな表情を見せた。
結局、客観的な目が必要だという話になったので、さくらは道場破りに繰り出した。
「天然理心流道場試衛館から参りました、島崎周助と申します」
さくらは父の名を騙り、自己紹介する。しかし、
「島崎周助?何を言う。そんなナリをしているが、女子ではないか。帰った帰った」
こんな台詞を言われたら、即刻月代を入れた方がいいと歳三たちと話していたさくらは、がっくりとうなだれた。
「一本、勝負を」
さくらの頑とした目を見て、道場主は一瞬たじろぐような素振りを見せたが、すぐに「女子風情に負けるわけなかろう」と言いつつも勝負すること自体は受け入れた。
そして、さくらは見事道場を破り、道場主に「本当に女子なのか…?わからぬ…」と言わしめたのであった。
次の日、さくらはとうとう月代を入れることになった。
「勇、総司、そこにいるのだぞ!」
さくらは三日前に歳三たちに頼んだのと同じく、暇そうだった勇と総司を捕まえて隣の部屋で待機するように頼んだ。二人は「武運を祈る」とでも言いたげな顔で頷いた。
「本当にいいんですかい?」髪結いは剃刀を手に、心配そうな顔でさくらを見た。
「ひと思いに、お願いします!」さくらは意を決したように言った。
頭頂部にヒリヒリとした痛みを感じながら、さくらはぎゅっと目をつぶった。
後戻りできないことへの少しの恐怖心を覚えながらも、隣の部屋に勇と総司がいると思うと、少しだけ気持ちが楽になるのだった。
「さ、終わりましたよ」
差し出された鏡を見て、さくらは「本当に男になってしまった」という愕然としたような気持ちと、「さすがにこれならバレないだろう」という安堵の気持ちが入り混じった、複雑な気持ちになっていた。
「勇、総司、終わったぞ。どうだろう?」
さくらは襖をがらりと開けた。
しかし、そこには勇も総司もいなかった。
――あいつら、どこに行ったんだ?
さくらは家の中や道場を探したが、勇や総司どころか、誰もいなかった。
やっと台所でたまを背負ったツネを見つけ、さくらは皆がどこへ行ったのか尋ねた。
「それが、出かけてくる、としか言わないで、皆さんで出ていってしまいました」
さくらは、そうですか、と力なく答え、自室に戻った。
自分の姿に見慣れようと、さくらは鏡とにらめっこしながら、いつになるかわからない勇たちの帰りを待った。
皆が見たらなんて言うだろう、と考えれば考えるほど、胃がキリキリと痛むようで、早く皆の反応を見てしまいたいと思った。
――山南さんは、何て言うだろう…。いや、別に、なんて言われようと関係のない話だが…。
やがて、門の方から話し声が聞こえてきたので、さくらは素早くそちらに向かった。
「左之助さんが一番似合わないと思ってましたけど、案外様になってるじゃないですか」平助の声が聞こえる。
「やってみると意外とすっきりするもんですねぇ」総司の声だ。
さくらは何の話だろう、と思いながら門前に出た。
「あ!姉先生、出来上がったんですね!」
総司が声をかけたが、さくらはあんぐりと口を開けて彼らを見るばかりで、一瞬言葉を失った。
「皆、どうしたのだ…その頭…」
朝まで総髪だった八人は、なぜか全員月代になっていた。
「皆でお揃いにした方が楽しいだろ?」左之助が笑った。
「さくらさんが、並大抵ではない覚悟で月代を入れるのだから、我々も、と近藤先生が」山南が続いた。言われた勇は、照れくさそうに微笑んだ。
「皆…」
さくらはなんと言ったらよいやらわからず、口ごもった。代わりに、目頭がうっすら湿ってくるのがわかった。
「なんださくら、泣いてるのか」勇が優しく言った。
「ばか、私はもう男になったのだ!泣くわけがなかろう!お前ら全員、全っ然似合ってないぞ!」
さくらはぐいっと手の甲で目を拭うと、もう一度勇たちを見た。
「…皆、ありがとう」
――ああ、私、こいつらが大好きだ。
口には出さず、でもはっきりとさくらは心の中でそう言った。
男性の髪型は大きく分けて、頭頂部を剃って髷を結う「月代」と、頭頂部はそのままに髷を結う「総髪」の二つである。もともとは、きちんと月代にするのが身だしなみとされてきたが、この頃は総髪が言わば「流行の髪型」という捉え方をされており、なんだかんだで試衛館の男性陣も全員総髪であった。
さくらはひとまず、総髪にしてどの程度男に見えるかを試すこととなるのだが、後の世の女性ならなんの抵抗もない「肩下くらいまで髪を切る」のがこの時代の女性には大事である。もちろん、さくらも例に漏れず、覚悟は決めたと言ったものの、いざ髪結いが家にやってくると、なんだか急に胃の調子が悪くなるのであった。
「稽古の時は髪下ろしてただろ。後ろ髪が長いってだけで、それがほんの少し短くなるだけじゃねえか」左之助は茶を啜った。
「そうは言っても女子が髪を切るというのは大変なもんなんだ」新八も湯飲みに口をつけた。
「ふっ、あんなんでも女は女だな」歳三がニヤリと笑った。
さくらが、髪を切り終わるまでは絶対に中に入るな、でも切り終わったらすぐに感想が聞きたいと言うので、一番暇だった三人は別室で待っていた。
他の者たちは、旅に必要なものを買い出しに行ったり稽古をしたりと思い思いに過ごしている。
「問題は、総髪がダメだった時だ。月代を入れるとなるとさすがのアイツもどう出るか…」歳三が言った。
「総髪でも大丈夫なんじゃねえか?さくらちゃん、もともとこう、きりっとした顔してるし」左之助は脳天気である。
やがて髪を切り終わったようで歳三たちの前にさくらが現れた。
「どう…かな…」
さくらは手で頭を隠そうとしていたが、そんなことで隠れるはずもなく、その新しい髪型を歳三たちに披露した。
「いいんじゃねえか!?立派な侍に見えるぜ!」左之助が満足げに笑った。
しかし、歳三と新八は黙ってさくらを見ていた。
「新八よお、これはあれか、俺たちがさくらのことを男装した女だと思って見てるからあれなのか」
「私もまさに同じことを考えていました。我々の目で、大丈夫だと言い切れるでしょうか」
「だ、駄目なのか?」さくらは不安げな表情を見せた。
結局、客観的な目が必要だという話になったので、さくらは道場破りに繰り出した。
「天然理心流道場試衛館から参りました、島崎周助と申します」
さくらは父の名を騙り、自己紹介する。しかし、
「島崎周助?何を言う。そんなナリをしているが、女子ではないか。帰った帰った」
こんな台詞を言われたら、即刻月代を入れた方がいいと歳三たちと話していたさくらは、がっくりとうなだれた。
「一本、勝負を」
さくらの頑とした目を見て、道場主は一瞬たじろぐような素振りを見せたが、すぐに「女子風情に負けるわけなかろう」と言いつつも勝負すること自体は受け入れた。
そして、さくらは見事道場を破り、道場主に「本当に女子なのか…?わからぬ…」と言わしめたのであった。
次の日、さくらはとうとう月代を入れることになった。
「勇、総司、そこにいるのだぞ!」
さくらは三日前に歳三たちに頼んだのと同じく、暇そうだった勇と総司を捕まえて隣の部屋で待機するように頼んだ。二人は「武運を祈る」とでも言いたげな顔で頷いた。
「本当にいいんですかい?」髪結いは剃刀を手に、心配そうな顔でさくらを見た。
「ひと思いに、お願いします!」さくらは意を決したように言った。
頭頂部にヒリヒリとした痛みを感じながら、さくらはぎゅっと目をつぶった。
後戻りできないことへの少しの恐怖心を覚えながらも、隣の部屋に勇と総司がいると思うと、少しだけ気持ちが楽になるのだった。
「さ、終わりましたよ」
差し出された鏡を見て、さくらは「本当に男になってしまった」という愕然としたような気持ちと、「さすがにこれならバレないだろう」という安堵の気持ちが入り混じった、複雑な気持ちになっていた。
「勇、総司、終わったぞ。どうだろう?」
さくらは襖をがらりと開けた。
しかし、そこには勇も総司もいなかった。
――あいつら、どこに行ったんだ?
さくらは家の中や道場を探したが、勇や総司どころか、誰もいなかった。
やっと台所でたまを背負ったツネを見つけ、さくらは皆がどこへ行ったのか尋ねた。
「それが、出かけてくる、としか言わないで、皆さんで出ていってしまいました」
さくらは、そうですか、と力なく答え、自室に戻った。
自分の姿に見慣れようと、さくらは鏡とにらめっこしながら、いつになるかわからない勇たちの帰りを待った。
皆が見たらなんて言うだろう、と考えれば考えるほど、胃がキリキリと痛むようで、早く皆の反応を見てしまいたいと思った。
――山南さんは、何て言うだろう…。いや、別に、なんて言われようと関係のない話だが…。
やがて、門の方から話し声が聞こえてきたので、さくらは素早くそちらに向かった。
「左之助さんが一番似合わないと思ってましたけど、案外様になってるじゃないですか」平助の声が聞こえる。
「やってみると意外とすっきりするもんですねぇ」総司の声だ。
さくらは何の話だろう、と思いながら門前に出た。
「あ!姉先生、出来上がったんですね!」
総司が声をかけたが、さくらはあんぐりと口を開けて彼らを見るばかりで、一瞬言葉を失った。
「皆、どうしたのだ…その頭…」
朝まで総髪だった八人は、なぜか全員月代になっていた。
「皆でお揃いにした方が楽しいだろ?」左之助が笑った。
「さくらさんが、並大抵ではない覚悟で月代を入れるのだから、我々も、と近藤先生が」山南が続いた。言われた勇は、照れくさそうに微笑んだ。
「皆…」
さくらはなんと言ったらよいやらわからず、口ごもった。代わりに、目頭がうっすら湿ってくるのがわかった。
「なんださくら、泣いてるのか」勇が優しく言った。
「ばか、私はもう男になったのだ!泣くわけがなかろう!お前ら全員、全っ然似合ってないぞ!」
さくらはぐいっと手の甲で目を拭うと、もう一度勇たちを見た。
「…皆、ありがとう」
――ああ、私、こいつらが大好きだ。
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(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)
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