浅葱色の桜

初音

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親の想い、仲間たちの想い②

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 そうして、今日さくらに会いにやってきたのだった。
「義母上が、そんなことを……」
 さくらは、目頭がじんと熱くなるのを感じた。
 今まで、そんなに折り合う相手ではなかったけれど、キチが自分を娘として扱ってくれたことで、胸の中が暖かくなるような気持ちだった。
「さくら。勇に四代目を継がせたのは、お前に重荷を負わせるのが怖くなっちまった俺の我が儘だ。それについては、この通り、謝る」
 周斎はそう言って頭を下げた。
「おやめください、父上」さくらは周斎に頭を上げるよう促した。
 ――こんなにも、父上は歳を取っていたのか。
 子供の頃、自分に剣術を教えてくれた三代目宗家の姿は影を潜めていた。代わりに目の前にいるのは、小さく座るお爺さん。
 しかし、そのお爺さんこそが、紛れもなく自分の師であり、父親である。
 さくらはもう一度周斎に頭に上げるよう促した。そうして顔を上げた周斎は、優しい眼差しでさくらを見た。
「俺はお前に普通の女子としての人生を歩ませては来られなかった。でも、そっちの方には謝るつもりはねえ。これだけは言える。お前は、普通の女子よりも、うんと強く、自由に、生きられるんだ」
 周斎の笑顔を見て、さくらも口元を緩めた。
「ええ。父上、私は剣術を学んだことを後悔したことはありません。元はといえば、母上を守れなかった悔しさから、私が選んで始めたのです。ですから」
 さくらは一呼吸置いた。
「これからも、自分の道は自分で選びます。勇たちと、京へ行ってきます」
「ああ。それでこそ俺の娘だ」
 そう言うと、周斎は先ほどから自身の横にあった大小二本の刀を持ち、さくらの前に置いた。
「持って行け」
「え?」
 さくらは目の前の刀を見た。障子を通して入ってくる日の光を受け、鞘が黒々と光っている。
「しかし、これは父上の大事な…」
「こんな老いぼれが後生大事にしまっておいたって意味ねえだろ。勇じゃなく、お前に託すんだ」
 さくらは刀を手に取った。
 やっと、父に認めてもらえたような、そんな嬉しさがこみ上げた。
「それで思う存分、京の都で暴れてこい」
「はい!ありがとうございます!」
 さくらは子供のような笑顔を見せた。

 それからさくらはキチにお礼を言いに、周斎と連れ立って四ッ谷の家に向かった。
「行くのは許したがな、男のナリで行くってのは別の話だ。バレて処断されるようなことがあったらどうすんだ」歩きながら、周斎は少し語気を荒げた。
「心配無用です。万に一つバレたらこう言うと、先ほど歳三と勇と話していたところなんです」
 さくらは、その内容を話した。すると、周斎はゲラゲラと笑い出した。
「全く、歳三は頭がいいな!」
「ええ。あいつの悪知恵が役に立つ時が来ましたよ」
 やがて、周斎の家に着くと、出迎えたキチは驚いたような顔でさくらを見た。そして、お茶を入れると言ってその場から姿を消してしまった。
「照れてんだよ、ああ見えて」
 周斎はクスクスと笑いながら、奥の部屋に向かっていった。さくらも後についていった。
 やがて、三人分のお茶を持ってキチが部屋に入ってきたが、誰がどう話を切り出すべきかという無言の探り合いが起こり、気まずい沈黙が流れた。
「義母上」さくらが口火を切った。
「この度は、父上を説得してくださり、ありがとうございます」
 そう言って頭を下げると、キチはふんっと鼻を鳴らした。
「別に、説得したわけではありませんよ」
 キチはそれだけ言うと、お茶を啜った。
 すると、周斎が実に不自然な頃合で厠に行くと言って席を外してしまった。
 ――二人きりだと、さすがに気まずいな
 そんなことを考えながらも、さくらはこの沈黙を打破しようと口を開いた。
「それでも、義母上が私のことを考えて父上にお話くださったこと、嬉しく思っています」 
 キチが答えないので、さくらは「本当です」と付け加えた。
「京はとても物騒だと聞いています。せいぜい死なぬよう」キチはやっとそんなことを言った。
 さくらには、それで十分だった。キチが、自分の身を案じているのだから。
「ええ。必ずや、上様警護の職務を全うし、立派な武士になって戻って参ります」
 キチの口元がわずかに緩むのを、さくらは見逃さなかった。

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