浅葱色の桜

初音

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親の想い、仲間たちの想い①

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「よう、さくら」
 周斎は何事もなかったかのようにさくらに挨拶し、自分の前に座るよう促した。
 さくらはどんな顔をして父と対峙すればいいかわからず、周斎の顔からは目をそらした。そらした先、周斎の隣には、大小二本の刀が置いてある。さくらはその刀を見るのは初めてではなかったが、それでも目にしたのは何年かぶりだ。
 ――まさか、これで斬られるのか?近藤家の名に泥を塗ったとかで?いや、そこまでのことをした覚えはない……
 さくらが刀の存在理由に考えを巡らせていると、周斎がおもむろに声をかけてきた。
「お前、初に似てきたな」
 そんなことを言われるとは思っていなかったさくらは、驚いて周斎の目を見た。その目は娘を見ているのか、はたまた亡き前妻を見ているのか。
 写真を見返して故人を思い出すことができないこの時代に、周斎がそう発言するのには現代の数倍の重みがある。
 さくらは黙っていた。周斎の意図が読めない。
「さくら、お前、京に行ってこい」
 え?、とさくらは素っ頓狂な声を上げた。
 つい先日、「武士道」を盾に京行きを反対したばかりではないか。そんな思いがよぎった。
「どういう風の吹き回しですか」さくらは固い表情を崩さずに言った。
「うん。お前さ、侍になりてえんだろ」
 周斎はそう言うと、一呼吸置いて話を続けた。
「キチがよ、行かせてやれって」
「義母上が?」さくらは眉をひそめた。
「そりゃあそうでしょうよ。義母上は私を京に遣って厄介払いしたいのでしょう。今や別々に住んでいるというのにまだそんなことをおっしゃるのですね」
「そうじゃねえよ。あいつのお陰でな、俺は目が覚めた」
 そう言うと、周斎はあの日さくらが啖呵を切って飛び出した後、キチに言われたことについて話した。

「旦那様。さくらさんを、行かせてあげたらいかがですか」
 さくらや勇が、浪士組に参加するという話をしに来た時、キチは隣の部屋で”偶然”話を聞いていた。
「なんだよキチ。さてはお前、さくらを京に行かせりゃ厄介払いできるって思ってんだろ。もうあいつの母親になって十ウン年経つんだからよ、そろそろ…」
「もちろん、それもありますが」
 はっきりと言うキチに、周斎は面食らいながらも続きを聞いた。
「勇さんや総司や源三郎さんがいなくなった試衛館に、さくらさんを一人残してどうされるのです」
「それは…」
 周斎は一瞬だけ口ごもったが、すぐに反論した。
「そりゃお前、門人が誰もいなくなるわけじゃねえだろ。勇がいなくなったら誰が試衛館を守って門人に稽古をつけるんだ。さくらは俺の一人娘だ。あいつが守らなくて誰がやる」
「ならばなぜ、四代目宗家をさくらさんにお譲りにならなかったのです」
「そりゃあ、勇の方が強かったから」
「では。なぜ、勇さんを養子に取ったのですか」
 周斎は口ごもった。それをいいことに、まくし立てるようにキチは続けた。
「私は、あなたのお子を自分で産みたかった。ですが、それは叶わなかった。ならばせめて、あなたと血の繋がりのあるさくらさんであれば、と思うようになりました。それがなんです。どこの馬の骨ともわからない勇さんを養子にして、そちらに継がせてしまうなんて」
「そんな言い方…」
「さくらさんは、あなたに四代目を譲ると言われ、行かず後家になって、女子として人並みの人生を歩まず、剣術の稽古に捧げてきたんです。その先に何があるのですか?門人などほとんどいない道場を守らせるために、さくらさんを育ててきたのですか?それではさすがに可哀想ですわ」
 周斎はぐうの音も出ず、キチを見つめた。
「俺は…さくらに継がせようと思ってた。だがな。一流派を背負って立つっていうのは大変なんだよ」
 ぽつりぽつりと、周斎は本音を漏らしていく。
「俺は、娘かわいさに…籠に入れておきたかったのかもしれないな…」
 キチははあ、と息をついた。
「でしたら尚の事。私もあなたも老いていく身。親のわがままに、いつまであの子を縛りつけるおつもりですか」
 周斎は、そうだな、と答えた。

 
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