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ほれたはれた③
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以前、のぶが土方家の人間は俳句を詠む習慣があって、歳三にも「豊玉」という雅号がついているのだと教えてくれたのをさくらは思い出した。
「ふーん。これが今ブツブツ言っていたやつか?『差し向かう 心は清き 水鏡』どういう意味だ?」
「説明しちまったら乙じゃねえだろ。自分で考えろ」
さくらはこういうことにはとんと疎かったので、歳三の俳句が上手いのか下手なのか判断がつかず、句集の頁をめくった。
「『しれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道』」
「馬っ鹿、それは…!」
歳三はさくらから句集を奪い返そうとしたが、普段の稽古が役に立ったのか、さくらは素早く歳三の手を避けると背中を向けて句集を眺めた。
さくらにとって、その句は今の自分の気持ちにぴったりであった。
――まるで私の思いを代弁しているような。もしかしたら、そうなのか?しかし、この句はかなり前に読まれたものだな…
もしや、そんなに前から歳三は知っていたというのか?いや、考えにくい…もしや…
「もしや、お前も恋をしているのか?」
さくらは歳三の方に振り返り、驚きの表情を見せた。
「お前”も”?」歳三は眉をつり上げた。
「あ、いや…だからその、この句の意味は…」
「だから意味はいちいち説明しねえ!説明しねえが、その句は消したんだ。その隣見ろ」
言われて、さくらは隣に書いてある句を見た。「知れば迷い 知らねば迷わぬ 法の道」と書いてある。
「どういう意味だ?」
「何度言わせりゃ気が済むんだ」
「だが…」
「ものの例えだ。恋に例えるより法に例える方がしっくり来ると思ったんだよ」
説明になっているようでなっていないことを言い、歳三は「もういいだろ」と手を差し出した。さくらは不完全燃焼な気持ちではあったが、句集を返した。
ちょうどその時、勇がやってきた。
「さくら、ここにいたのか」
開け放していた部屋の入り口に現れた勇を、さくらは睨むように見つめた。
「なんだ勇。お前がなんと言おうと私は浪士組に参加するからな」
言いながらも、さくらは少しだけ心にもやもやするものがこみ上げるのがわかった。
話題が逸れに逸れてしまっていたが、結局歳三に相談しようとしていたのは「女の自分が男と偽って浪士組に入るのは、真の侍としてどうなんだ」という思いだった。周斎にも勇にも言われてしまうと、口では突っぱねても気になってしまうものであったのだ。
「そのことだけどよ」
歳三が、さくらの思いを汲み取ったかのように口を開いた。
「こうすればいいんじゃねえか」
さくらと勇は、歳三の話を聞き、「なるほど」と膝を打った。
「まったく、歳三の屁理屈は天下一品だな」さくらはケラケラと笑った。
「確かに、それなら嘘はついていないことになるが…。そんなにうまく行くかなぁ」勇はまだ心配そうな顔をしていた。
「そうだ。大事なのは、ある程度のところまで絶対に女だとばれないようにしなきゃなんねえ」
「やっぱり、月代を入れた方がいいのかなぁ」さくらは肩を落とした。
京で将軍の警護が無事に終われば、夏頃には江戸に帰ってくることとなる。その後浪士組がどうなるのかは知らされていないが、新八の話によれば、おそらくそのまま幕府お抱えの浪士組として、治安の維持にあたることになるのではないかということであった。
京での滞在は期間限定であっても、その後も”男装”が続くのであれば、さくらが女の服や髪型に戻ることはもうないかもしれない。
「まあ、それは総髪で結ってみてから考えればいいんじゃないか」勇が言った。
「それよりさくら、おれはお前を呼びに来たんだよ。父上が来てるんだ」
「父上が?」
さくらは周斎が待つ部屋に向かった。
先日「自分の道は自分で決める」と啖呵を切って周斉の家を出てきてしまったから、どんな顔をして会えばいいのかさくらにはわからなかった。
――いったい、何用なのだ。
「失礼します」
さくらは部屋の襖を開けた。
「ふーん。これが今ブツブツ言っていたやつか?『差し向かう 心は清き 水鏡』どういう意味だ?」
「説明しちまったら乙じゃねえだろ。自分で考えろ」
さくらはこういうことにはとんと疎かったので、歳三の俳句が上手いのか下手なのか判断がつかず、句集の頁をめくった。
「『しれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道』」
「馬っ鹿、それは…!」
歳三はさくらから句集を奪い返そうとしたが、普段の稽古が役に立ったのか、さくらは素早く歳三の手を避けると背中を向けて句集を眺めた。
さくらにとって、その句は今の自分の気持ちにぴったりであった。
――まるで私の思いを代弁しているような。もしかしたら、そうなのか?しかし、この句はかなり前に読まれたものだな…
もしや、そんなに前から歳三は知っていたというのか?いや、考えにくい…もしや…
「もしや、お前も恋をしているのか?」
さくらは歳三の方に振り返り、驚きの表情を見せた。
「お前”も”?」歳三は眉をつり上げた。
「あ、いや…だからその、この句の意味は…」
「だから意味はいちいち説明しねえ!説明しねえが、その句は消したんだ。その隣見ろ」
言われて、さくらは隣に書いてある句を見た。「知れば迷い 知らねば迷わぬ 法の道」と書いてある。
「どういう意味だ?」
「何度言わせりゃ気が済むんだ」
「だが…」
「ものの例えだ。恋に例えるより法に例える方がしっくり来ると思ったんだよ」
説明になっているようでなっていないことを言い、歳三は「もういいだろ」と手を差し出した。さくらは不完全燃焼な気持ちではあったが、句集を返した。
ちょうどその時、勇がやってきた。
「さくら、ここにいたのか」
開け放していた部屋の入り口に現れた勇を、さくらは睨むように見つめた。
「なんだ勇。お前がなんと言おうと私は浪士組に参加するからな」
言いながらも、さくらは少しだけ心にもやもやするものがこみ上げるのがわかった。
話題が逸れに逸れてしまっていたが、結局歳三に相談しようとしていたのは「女の自分が男と偽って浪士組に入るのは、真の侍としてどうなんだ」という思いだった。周斎にも勇にも言われてしまうと、口では突っぱねても気になってしまうものであったのだ。
「そのことだけどよ」
歳三が、さくらの思いを汲み取ったかのように口を開いた。
「こうすればいいんじゃねえか」
さくらと勇は、歳三の話を聞き、「なるほど」と膝を打った。
「まったく、歳三の屁理屈は天下一品だな」さくらはケラケラと笑った。
「確かに、それなら嘘はついていないことになるが…。そんなにうまく行くかなぁ」勇はまだ心配そうな顔をしていた。
「そうだ。大事なのは、ある程度のところまで絶対に女だとばれないようにしなきゃなんねえ」
「やっぱり、月代を入れた方がいいのかなぁ」さくらは肩を落とした。
京で将軍の警護が無事に終われば、夏頃には江戸に帰ってくることとなる。その後浪士組がどうなるのかは知らされていないが、新八の話によれば、おそらくそのまま幕府お抱えの浪士組として、治安の維持にあたることになるのではないかということであった。
京での滞在は期間限定であっても、その後も”男装”が続くのであれば、さくらが女の服や髪型に戻ることはもうないかもしれない。
「まあ、それは総髪で結ってみてから考えればいいんじゃないか」勇が言った。
「それよりさくら、おれはお前を呼びに来たんだよ。父上が来てるんだ」
「父上が?」
さくらは周斎が待つ部屋に向かった。
先日「自分の道は自分で決める」と啖呵を切って周斉の家を出てきてしまったから、どんな顔をして会えばいいのかさくらにはわからなかった。
――いったい、何用なのだ。
「失礼します」
さくらは部屋の襖を開けた。
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