浅葱色の桜

初音

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ほれたはれた②

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 程なくして、二人は試衛館に到着した。
「おっ、山南さん、さくらさん、おかえりなさい」
 最初に二人を見つけ、声をかけたのは新八であった。
 さくらは、新八にばれているのではないか、とどぎまぎしたが、墓穴を掘っても仕方ないので、小さく深呼吸して息を整えると、平静を装った。
「ちょうど今朝ご飯ができるところなので、皆で食べましょう。そうだ、近藤さんに知らせなければ」
 新八はそう言うと、部屋の中に向かって大きな声で「近藤さん!さくらさん帰ってきましたよー!」と呼びかけた。
 バタバタと足音がし、勇がさくらの前に現れた。
 瞬間、さくらは昨日のことを思い出した。
 よくよく思い出せば、昨日は勇が自分の浪士組参加に賛成とも反対とも言わないうちから、思い込みで勝手に怒ってしまったのだ。さすがに大人げなかったと思い、さくらは勇に謝ろうと口を開いた。
「勇…昨日は…」
「さくらぁ、よかった、帰ってきてくれて!おれがさくらを怒らせてもうこれきりかと思ったよ」
 心底ほっとしたような表情を見せる勇に、さくらはふっと微笑んだ。
 ――本当に、大したやつだ。だからみんなが、お前と一緒に京に行こうって思うのだな。
 そして、それでもやはり謝った方がいいだろうと思い、勇に頭を下げた。
「私の方こそ悪かった。皆で、京に行こう。男の名前を考えなければな」さくらは勇の顔を見て微笑んだが、勇の方は一転して困ったような顔をしていたから、さくらは不思議に思った。
「いや、その…。昨日言いそびれたんだが…。父上の言うことは的を射ていると思うんだ。やはり、上様をお守りするという大事な仕事に、身分を偽るというのはどうかなと…」
「は?」
 さくらは面食らった。昨日、周斎に言われたことと同じことを、まさか本当に勇から言われるとは思わなかった。
「とりあえずさ、朝ご飯を食べよう。な!」
 勇は強制的に話を終わらせると、家の中へと消えていった。
 唖然とするさくらに、一緒に残された山南は気まずそうな視線を交互に家の中とさくらに向けた。

 浪士組に参加を希望する者は、半月後に小石川の伝通院に集まることになっていた。
 さくらが浪士組に参加するためには、それまでに名前を変え、男物の着物を揃え、髪を切らなければいけない。
 さくらの心に引っかかっているのは、髪を切ることと、父・周斎の理解が得られていないこと、そして勇までもが周斎に同調していることだった。
 ここ数日間、さくらと勇は派手な喧嘩こそしなかったものの、ギクシャクした雰囲気で過ごしており、周囲の者も心配そうな、落ち着かない様子でいた。

「勝っちゃんはくそ真面目だからな」
 歳三は他人事のように言うと、自分の句集「豊玉発句集ほうぎょくほっくしゅう」に向かって「差し向かい…差し向かう…」などとブツブツ言いながら小筆を弄り始めた。さくらはそんな歳三をひと睨みすると、「まさかここに来て勇と考えが食い違うなんて思わなかったよ」と、自分の話を続けた。なんだかんだで、こういうことを相談できるのは歳三か、源三郎か、山南くらいであったが、源三郎はでかけているし、山南とは今は平静に話せそうにない。歳三と源三郎と総司が寝泊まりしているこの部屋で、さくらは足を投げ出して座りながら、ぼんやりと天井を見つめた。
「別にいいじゃねえか。大先生や勝っちゃんが何言おうが、行きゃあいい」
「それはそうなのだが」
「武士になるんだろ。この機を逃す手はねえ」
「それもそうなのだが」
 さくらはフウ、と息をついた。
「いいよなぁ、歳三は男で。女ってのはなぁ、お前が思っているより大変なんだ」
 言いながら、さくらは昨晩のことを思い出してしまった。
 ――女でさえなければ、山南さんにほ、ほ、惚れたり腫れたりでこの大事な時に心を乱されることはなかったのに…
「サンナンさんとなんかあったか」
 歳三の台詞に、さくらは飛び上がらんばかりに驚いた。
「な、なんかって…なんだ…!」
「サンナンさんの長屋泊まったんだろ。大丈夫だったのか」
「大丈夫とは、どういう意味だ…!ただ、寝ただけだ…!いや、寝たとはそういう意味ではなく…!ああっ、そういう意味というのはそういう意味ではなく…」
 さくらはバッと歳三に背を向け、文字通り頭を抱えた。
 歳三は小さくため息をつき、さくらの背中を黙って見つめた。
「わかったよ」
「な、何がわかったというのだ」
「他の奴らには黙っててやるから。まだ誰も気づいてねえみたいだし」
「そ、そうなのか?」
 そう言って、さくらはハッとして口を堅く閉じた。今のは、墓穴を掘ったのではないだろうかと心配になった。
「まあ、時間の問題だとは思うけどな」
 歳三はぶっきらぼうにそう言うと、句集に視線を戻した。
「どんな句を詠んでるんだ?」
 さくらは話題を変えようと、歳三から句集を引ったくった。
「おいっ」今度は歳三が慌てる番だった。
 
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