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浪士組の知らせ①
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文久三(一八六三)年 一月
その知らせを持ってきたのは、新八だった。
「知り合いのツテで聞いた知らせなのですが」
と、新八は一通の書状を披露した。
その内容は、三月に上洛する将軍家茂の警護をするため、浪士組を結成するというものだった。
条件は、尽忠報国の志のある者。身分は問わず、参加すれば支度金として五十両が配られる、ということだ。
ちなみに、一両は現在の価値にすれば二十万円とも、三両あれば子沢山の家族でも一か月楽に暮らせたとも言われているから、五十両というのが破格の値段であることがわかるだろう。
「すごいじゃないですか!これって、公方様の警護で京に行けるってことですよね!」総司が無邪気に目を輝かせた。
「それによ、五十両だってさ!それだけありゃ何ができるかな~」左之助も興奮気味だ。
「とりあえず、道場の屋根の修繕と、傷んだ畳の交換とか…」源三郎が指折り数え始めた。
「おい新八」歳三が盛り上がる男たちに水を差すように声をかけた。
「本っっ当に身分を問わないんだろうな?」
さくら、勇、歳三、山南だけがその話を眉に唾つけて聞いていた。
諸手を挙げて参加したいのはやまやまだった。将軍警護などという「武士らしいこと」ができるのであれば、またとない好機である。が、講武所の一件がやはり引っかかる。
「蓋を開けたら実はまた身分重視でした、というオチには騙されぬぞ」さくらは腕を組んで新八、もとい新八の持っている書状を睨みつけた。
「恐らく、今度こそは大丈夫だと思いますが…」新八は書状をさくらに手渡した。隣に座っていた勇と歳三がそれを覗き込んだ。
書状の最後には、この浪士組立ち上げの責任者として、松平主税介、清川八郎、そして山岡鉄太郎の名が連なっていた。
「山岡って、またこいつが絡んでんのか」歳三は苦虫を噛み潰し、「ますます胡散臭ぇ」と鼻を鳴らした。
「念のため、聞きにいくか?」勇がしぶしぶといった顔で言った。
「うーん……」さくらも言葉を詰まらせた。勇も同じ気持ちだろうと思った。要するに、もう気まずくて山岡とは関わり合いになりたくない、という気持ちだ。
「皆で、行きましょう」山南が言った。
この提案に、さくらも勇も乗った。
弁の立つ山南という心強い存在は、二人に勇気を与えた。
かくして、九人で雁首揃えるわけにもいかぬと、試衛館選抜――さくら、勇、歳三、山南――の面々は、講武所の山岡を訪ねた。
「またお会いできるとは、嬉しいです」
四人を前に、山岡は本音か社交辞令か、そんな風に言葉をかけた。
「本日伺ったのは他でもありません。浪士組のことについてです」勇が単刀直入に言った。
「尽忠報国の志ある者、身分は問わずとありましたが、それは真ですか」
山岡はわずかに笑みを浮かべ、勇を見た。
「ええ。もちろんです」
その答えに反応したのは、歳三だった。挑戦的な眼差しを山岡に向ける。
「二言はありませんね」
「むろん。あなたも、浪士組の参加を希望されるのですか」
「ええ。土方歳三。多摩の百姓です。私のような者でも参加が可能ということでよろしいですね」
再度確認するように歳三が言うと、山岡は「ええ、もちろんです」と答えた。
さくらは、歳三のトゲのある言い方に内心ひやひやしながら、自分のことを確かめるべく、「山岡様」と声をかけた。
「私は、浪士組に入れますか」
山岡はしばらく考え込んだ。やがて、言いにくそうに言った。
「残念ですが、尽忠報国の士は男子にのみ、その資格があるというのが、松平殿、清川殿の見方です」
さも、さくらが来るのを見越して用意していたような答えだ。おそらくそうなのであろう。さくらは、唇をきゅっと結んだ。
「お言葉ですが」口火を切ったのは山南だった。
「こちらの近藤さくらが剣術の腕に長けていることは山岡様もご存じのはず。必ずや、上様の警護にあたってお役に立てると存じますが」
さくらは山南を見た。嬉しくて、なんだか胸に暖かいものが広がるような気持だった。
「ええ。それは十分、承知しております。近藤殿が男子であったならば、ぜひとも浪士組に入り、上様のためにその力を発揮していただきたいと、思っております」
さくらは、絶望的な気持ちで山岡を見、「承知致しました」と儀礼的な返事をした。
その知らせを持ってきたのは、新八だった。
「知り合いのツテで聞いた知らせなのですが」
と、新八は一通の書状を披露した。
その内容は、三月に上洛する将軍家茂の警護をするため、浪士組を結成するというものだった。
条件は、尽忠報国の志のある者。身分は問わず、参加すれば支度金として五十両が配られる、ということだ。
ちなみに、一両は現在の価値にすれば二十万円とも、三両あれば子沢山の家族でも一か月楽に暮らせたとも言われているから、五十両というのが破格の値段であることがわかるだろう。
「すごいじゃないですか!これって、公方様の警護で京に行けるってことですよね!」総司が無邪気に目を輝かせた。
「それによ、五十両だってさ!それだけありゃ何ができるかな~」左之助も興奮気味だ。
「とりあえず、道場の屋根の修繕と、傷んだ畳の交換とか…」源三郎が指折り数え始めた。
「おい新八」歳三が盛り上がる男たちに水を差すように声をかけた。
「本っっ当に身分を問わないんだろうな?」
さくら、勇、歳三、山南だけがその話を眉に唾つけて聞いていた。
諸手を挙げて参加したいのはやまやまだった。将軍警護などという「武士らしいこと」ができるのであれば、またとない好機である。が、講武所の一件がやはり引っかかる。
「蓋を開けたら実はまた身分重視でした、というオチには騙されぬぞ」さくらは腕を組んで新八、もとい新八の持っている書状を睨みつけた。
「恐らく、今度こそは大丈夫だと思いますが…」新八は書状をさくらに手渡した。隣に座っていた勇と歳三がそれを覗き込んだ。
書状の最後には、この浪士組立ち上げの責任者として、松平主税介、清川八郎、そして山岡鉄太郎の名が連なっていた。
「山岡って、またこいつが絡んでんのか」歳三は苦虫を噛み潰し、「ますます胡散臭ぇ」と鼻を鳴らした。
「念のため、聞きにいくか?」勇がしぶしぶといった顔で言った。
「うーん……」さくらも言葉を詰まらせた。勇も同じ気持ちだろうと思った。要するに、もう気まずくて山岡とは関わり合いになりたくない、という気持ちだ。
「皆で、行きましょう」山南が言った。
この提案に、さくらも勇も乗った。
弁の立つ山南という心強い存在は、二人に勇気を与えた。
かくして、九人で雁首揃えるわけにもいかぬと、試衛館選抜――さくら、勇、歳三、山南――の面々は、講武所の山岡を訪ねた。
「またお会いできるとは、嬉しいです」
四人を前に、山岡は本音か社交辞令か、そんな風に言葉をかけた。
「本日伺ったのは他でもありません。浪士組のことについてです」勇が単刀直入に言った。
「尽忠報国の志ある者、身分は問わずとありましたが、それは真ですか」
山岡はわずかに笑みを浮かべ、勇を見た。
「ええ。もちろんです」
その答えに反応したのは、歳三だった。挑戦的な眼差しを山岡に向ける。
「二言はありませんね」
「むろん。あなたも、浪士組の参加を希望されるのですか」
「ええ。土方歳三。多摩の百姓です。私のような者でも参加が可能ということでよろしいですね」
再度確認するように歳三が言うと、山岡は「ええ、もちろんです」と答えた。
さくらは、歳三のトゲのある言い方に内心ひやひやしながら、自分のことを確かめるべく、「山岡様」と声をかけた。
「私は、浪士組に入れますか」
山岡はしばらく考え込んだ。やがて、言いにくそうに言った。
「残念ですが、尽忠報国の士は男子にのみ、その資格があるというのが、松平殿、清川殿の見方です」
さも、さくらが来るのを見越して用意していたような答えだ。おそらくそうなのであろう。さくらは、唇をきゅっと結んだ。
「お言葉ですが」口火を切ったのは山南だった。
「こちらの近藤さくらが剣術の腕に長けていることは山岡様もご存じのはず。必ずや、上様の警護にあたってお役に立てると存じますが」
さくらは山南を見た。嬉しくて、なんだか胸に暖かいものが広がるような気持だった。
「ええ。それは十分、承知しております。近藤殿が男子であったならば、ぜひとも浪士組に入り、上様のためにその力を発揮していただきたいと、思っております」
さくらは、絶望的な気持ちで山岡を見、「承知致しました」と儀礼的な返事をした。
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