浅葱色の桜

初音

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断たれた道③

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 翌日、試衛館道場には、相変わらず木刀が激しくぶつかり合う音が響いていた。
 通算すれば何戦目になるかわからない”やけくそ試合”を終え、さくらと勇は道場の床に仰向けに寝転んだ。
「今日は、引き分けだな」勇が息を整えながら言った。
「ああ。三勝三敗だ」
「さくら、強くなったなぁ」
「当たり前だ」
 二人はふーっと息を吐いた。
「おれ達、これからどうしたらいいのかな」
「そうだな。さすがに、もう三十路だしな。人生も残り半分といったところか」さくらはふふっと鼻で笑った。
 二人はしばらく黙り込んだ。
 どうすれば、武士になれるのか。
 あのような理由で講武所の試験に落ちたとなれば、もう道は閉ざされてしまったのではないかという絶望感に襲われた。
「さくらはさ、武家の嫁になればとりあえず武家には入れるんじゃないか」
「何を言う。それではただの武家の嫁。武士ではない。だいたい、こんな年増としまを今更嫁にもらってくれるところなどあるはずないだろう」
 さくらは勇の方に顔を向けた。
「あれだ、金で御家人株を買おう」
「そんな金どこにあるんだよ。それにほら、そういう問題じゃないんだよなぁ」今度は勇がため息をついた。
「……一生、このままかもなぁ」
「それでもお前は天然理心流四代目だろう。五代目は私で、たまが六代目だ」
「うん、まあ、そうだな」
 そんな人生設計も、講武所の試験に受かった、と思っていた日々のあのわくわくする気持ちに比べれば、色褪せて見えるようだった。
 その時。
「てめーら、いつまでうじうじしてやがんだ!」
 声をかけられ、さくらと勇はがばっと起き上がった。歳三が、仁王立ちして二人を見ていた。
「トシ……」
「歳三……」
「落ちちまったもんはしょうがねえだろ。俺たちはそう簡単には武士にはなれねえんだからよ。こんなことの一度や二度で諦めきれるかっつーの!」
 さくらと勇は、立ち上がって何も言わずに歳三に駆け寄ると、左右からひしっと抱きついた。
「な、なんだよ二人揃って……」
「トシぃー……!」
「歳三ー……!」
 二人とも、顔をくしゃくしゃにして歳三の名前を呼ぶばかりであった。
 歳三はやれやれ、といったように、でも満更でもなさそうに微笑むと、右手で勇の背中を、左手でさくらの背中をぎこちなく撫でた。

 その様子を、道場の外から山南、左之助、新八、平助、それに源三郎、総司が見守っていた。
「総司、お前もいつまでもくよくよしてはいられないぞ」源三郎が言った。
「……そのようですね」総司はさくら、勇、歳三に暖かい視線を送りながら、微かに微笑んだ。久々に見せる笑顔だった。
「源さん、帰ってくんの早くねえか?」左之助が言った。
「山南さんから手紙をもらって、早く帰ってきたんだよ」源三郎はにっこりと笑って山南を見た。
「え、山南さんが?」平助が驚いたように言った。
「ああ。近藤先生とさくらさんを元気づけることができるのは土方くんしかいないからね」 
 不思議そうな顔をしている平助を見て、山南は答えた。
「我々はもともと武家の出。井上さんも、千人同心といえば有事の際には武士として働ける家柄。そんな我々がいくら慰めたり、発破をかけたりしたところで、あの二人には響かない」
「それで、土方さん…」平助はほう、と息をついた。
「あの二人には、土方くんが必要不可欠なんだよ」
 そう、試衛館で剣術の腕を磨く者たちの間で、「侍の血」が一滴も流れていないのは、さくらと勇と歳三の三人だけであった。
 だからこそ、三人は誰よりも”武士になること”に焦がれた。
 
 どうすれば、武士になれるのか。
 その答えとなる一筋の光が、この後いよいよ差し込もうとしていた。
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