59 / 205
断たれた道③
しおりを挟む
翌日、試衛館道場には、相変わらず木刀が激しくぶつかり合う音が響いていた。
通算すれば何戦目になるかわからない”やけくそ試合”を終え、さくらと勇は道場の床に仰向けに寝転んだ。
「今日は、引き分けだな」勇が息を整えながら言った。
「ああ。三勝三敗だ」
「さくら、強くなったなぁ」
「当たり前だ」
二人はふーっと息を吐いた。
「おれ達、これからどうしたらいいのかな」
「そうだな。さすがに、もう三十路だしな。人生も残り半分といったところか」さくらはふふっと鼻で笑った。
二人はしばらく黙り込んだ。
どうすれば、武士になれるのか。
あのような理由で講武所の試験に落ちたとなれば、もう道は閉ざされてしまったのではないかという絶望感に襲われた。
「さくらはさ、武家の嫁になればとりあえず武家には入れるんじゃないか」
「何を言う。それではただの武家の嫁。武士ではない。だいたい、こんな年増を今更嫁にもらってくれるところなどあるはずないだろう」
さくらは勇の方に顔を向けた。
「あれだ、金で御家人株を買おう」
「そんな金どこにあるんだよ。それにほら、そういう問題じゃないんだよなぁ」今度は勇がため息をついた。
「……一生、このままかもなぁ」
「それでもお前は天然理心流四代目だろう。五代目は私で、たまが六代目だ」
「うん、まあ、そうだな」
そんな人生設計も、講武所の試験に受かった、と思っていた日々のあのわくわくする気持ちに比べれば、色褪せて見えるようだった。
その時。
「てめーら、いつまでうじうじしてやがんだ!」
声をかけられ、さくらと勇はがばっと起き上がった。歳三が、仁王立ちして二人を見ていた。
「トシ……」
「歳三……」
「落ちちまったもんはしょうがねえだろ。俺たちはそう簡単には武士にはなれねえんだからよ。こんなことの一度や二度で諦めきれるかっつーの!」
さくらと勇は、立ち上がって何も言わずに歳三に駆け寄ると、左右からひしっと抱きついた。
「な、なんだよ二人揃って……」
「トシぃー……!」
「歳三ー……!」
二人とも、顔をくしゃくしゃにして歳三の名前を呼ぶばかりであった。
歳三はやれやれ、といったように、でも満更でもなさそうに微笑むと、右手で勇の背中を、左手でさくらの背中をぎこちなく撫でた。
その様子を、道場の外から山南、左之助、新八、平助、それに源三郎、総司が見守っていた。
「総司、お前もいつまでもくよくよしてはいられないぞ」源三郎が言った。
「……そのようですね」総司はさくら、勇、歳三に暖かい視線を送りながら、微かに微笑んだ。久々に見せる笑顔だった。
「源さん、帰ってくんの早くねえか?」左之助が言った。
「山南さんから手紙をもらって、早く帰ってきたんだよ」源三郎はにっこりと笑って山南を見た。
「え、山南さんが?」平助が驚いたように言った。
「ああ。近藤先生とさくらさんを元気づけることができるのは土方くんしかいないからね」
不思議そうな顔をしている平助を見て、山南は答えた。
「我々はもともと武家の出。井上さんも、千人同心といえば有事の際には武士として働ける家柄。そんな我々がいくら慰めたり、発破をかけたりしたところで、あの二人には響かない」
「それで、土方さん…」平助はほう、と息をついた。
「あの二人には、土方くんが必要不可欠なんだよ」
そう、試衛館で剣術の腕を磨く者たちの間で、「侍の血」が一滴も流れていないのは、さくらと勇と歳三の三人だけであった。
だからこそ、三人は誰よりも”武士になること”に焦がれた。
どうすれば、武士になれるのか。
その答えとなる一筋の光が、この後いよいよ差し込もうとしていた。
通算すれば何戦目になるかわからない”やけくそ試合”を終え、さくらと勇は道場の床に仰向けに寝転んだ。
「今日は、引き分けだな」勇が息を整えながら言った。
「ああ。三勝三敗だ」
「さくら、強くなったなぁ」
「当たり前だ」
二人はふーっと息を吐いた。
「おれ達、これからどうしたらいいのかな」
「そうだな。さすがに、もう三十路だしな。人生も残り半分といったところか」さくらはふふっと鼻で笑った。
二人はしばらく黙り込んだ。
どうすれば、武士になれるのか。
あのような理由で講武所の試験に落ちたとなれば、もう道は閉ざされてしまったのではないかという絶望感に襲われた。
「さくらはさ、武家の嫁になればとりあえず武家には入れるんじゃないか」
「何を言う。それではただの武家の嫁。武士ではない。だいたい、こんな年増を今更嫁にもらってくれるところなどあるはずないだろう」
さくらは勇の方に顔を向けた。
「あれだ、金で御家人株を買おう」
「そんな金どこにあるんだよ。それにほら、そういう問題じゃないんだよなぁ」今度は勇がため息をついた。
「……一生、このままかもなぁ」
「それでもお前は天然理心流四代目だろう。五代目は私で、たまが六代目だ」
「うん、まあ、そうだな」
そんな人生設計も、講武所の試験に受かった、と思っていた日々のあのわくわくする気持ちに比べれば、色褪せて見えるようだった。
その時。
「てめーら、いつまでうじうじしてやがんだ!」
声をかけられ、さくらと勇はがばっと起き上がった。歳三が、仁王立ちして二人を見ていた。
「トシ……」
「歳三……」
「落ちちまったもんはしょうがねえだろ。俺たちはそう簡単には武士にはなれねえんだからよ。こんなことの一度や二度で諦めきれるかっつーの!」
さくらと勇は、立ち上がって何も言わずに歳三に駆け寄ると、左右からひしっと抱きついた。
「な、なんだよ二人揃って……」
「トシぃー……!」
「歳三ー……!」
二人とも、顔をくしゃくしゃにして歳三の名前を呼ぶばかりであった。
歳三はやれやれ、といったように、でも満更でもなさそうに微笑むと、右手で勇の背中を、左手でさくらの背中をぎこちなく撫でた。
その様子を、道場の外から山南、左之助、新八、平助、それに源三郎、総司が見守っていた。
「総司、お前もいつまでもくよくよしてはいられないぞ」源三郎が言った。
「……そのようですね」総司はさくら、勇、歳三に暖かい視線を送りながら、微かに微笑んだ。久々に見せる笑顔だった。
「源さん、帰ってくんの早くねえか?」左之助が言った。
「山南さんから手紙をもらって、早く帰ってきたんだよ」源三郎はにっこりと笑って山南を見た。
「え、山南さんが?」平助が驚いたように言った。
「ああ。近藤先生とさくらさんを元気づけることができるのは土方くんしかいないからね」
不思議そうな顔をしている平助を見て、山南は答えた。
「我々はもともと武家の出。井上さんも、千人同心といえば有事の際には武士として働ける家柄。そんな我々がいくら慰めたり、発破をかけたりしたところで、あの二人には響かない」
「それで、土方さん…」平助はほう、と息をついた。
「あの二人には、土方くんが必要不可欠なんだよ」
そう、試衛館で剣術の腕を磨く者たちの間で、「侍の血」が一滴も流れていないのは、さくらと勇と歳三の三人だけであった。
だからこそ、三人は誰よりも”武士になること”に焦がれた。
どうすれば、武士になれるのか。
その答えとなる一筋の光が、この後いよいよ差し込もうとしていた。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
紫苑の誠
卯月さくら
歴史・時代
あなたの生きる理由になりたい。
これは、心を閉ざし復讐に生きる一人の少女と、誠の旗印のもと、自分の信念を最後まで貫いて散っていった幕末の志士の物語。
※外部サイト「エブリスタ」で自身が投稿した小説を独自に加筆修正したものを投稿しています。
庚申待ちの夜
ビター
歴史・時代
江戸、両国界隈で商いをする者たち。今宵は庚申講で寄り合いがある。
乾物屋の跡継ぎの紀一郎は、同席者に高麗物屋の長子・伊織がいることを苦々しく思う。
伊織には不可思議な噂と、ある二つ名があった。
第7回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞しました。
ありがとうございます。

新撰組のものがたり
琉莉派
歴史・時代
近藤・土方ら試衛館一門は、もともと尊王攘夷の志を胸に京へ上った。
ところが京の政治状況に巻き込まれ、翻弄され、いつしか尊王攘夷派から敵対視される立場に追いやられる。
近藤は弱気に陥り、何度も「新撰組をやめたい」とお上に申し出るが、聞き入れてもらえない――。
町田市小野路町の小島邸に残る近藤勇が出した手紙の数々には、一般に鬼の局長として知られる近藤の姿とは真逆の、弱々しい一面が克明にあらわれている。
近藤はずっと、新撰組を解散して多摩に帰りたいと思っていたのだ。
最新の歴史研究で明らかになった新撰組の実相を、真正面から描きます。
主人公は土方歳三。
彼の恋と戦いの日々がメインとなります。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
北武の寅 <幕末さいたま志士伝>
海野 次朗
歴史・時代
タイトルは『北武の寅』(ほくぶのとら)と読みます。
幕末の埼玉人にスポットをあてた作品です。主人公は熊谷北郊出身の吉田寅之助という青年です。他に渋沢栄一(尾高兄弟含む)、根岸友山、清水卯三郎、斎藤健次郎などが登場します。さらにベルギー系フランス人のモンブランやフランスお政、五代才助(友厚)、松木弘安(寺島宗則)、伊藤俊輔(博文)なども登場します。
根岸友山が出る関係から新選組や清河八郎の話もあります。また、渋沢栄一やモンブランが出る関係からパリ万博などパリを舞台とした場面が何回かあります。
前作の『伊藤とサトウ』と違って今作は史実重視というよりも、より「小説」に近い形になっているはずです。ただしキャラクターや時代背景はかなり重複しております。『伊藤とサトウ』でやれなかった事件を深掘りしているつもりですので、その点はご了承ください。
(※この作品は「NOVEL DAYS」「小説家になろう」「カクヨム」にも転載してます)

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる