浅葱色の桜

初音

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断たれた道①

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 それからさらに数日後のこと。
 ついに、待っていた知らせが到着した。
「勇!今度こそ来たぞ!」さくらは家中をドタバタと走りながら勇の部屋まで行き、勢いよく障子を開けた。途端に中にいたたまが泣き出し、さくらは「スイマセン…」と小さく謝った。
 勇は本当か?と言いながら部屋を出て、縁側に座るとさくらが書状を広げるのを見守った。
「えっ」
 二人は目を疑った。
 書状には、二人とも、講武所の剣術師範には不採用となったという旨が記されていた。
 目の前が真っ暗になる、という慣用表現はまさにこんな時のためにある。さくらも勇も、一言も発することなく、縁側の床にパタンと上半身を横たえた。

 新八と左之助に、何かの間違いかも知れないからとりあえず講武所に行って聞いてきた方がいい、と促され、さくらと勇は早速向かった。
 その道のりは、とてもとても遠くに感じられた。しかし、地に足のつかないような心地で歩いているうちに、二人はいつの間にか講武所にたどり着いていた。

「お主ら、何者であるか」
 門番は訝しげな顔をしてそう言った。ついこの前は意気揚々と「剣術師範の考査に伺いました」と言って中に入れてもらえたのに、今ではまるで不審者扱いだ。
「近藤勇と申します。山岡鉄太郎様にお取り次ぎを」
 門番は、存外あっさりと二人を中へ入れてくれた。小部屋に通された二人は、この世の終わりのような心持ちで山岡が来るのを待った。
 
「近藤ご両名様」
 山岡が、神妙な面持ちで部屋に入ってきた。
「やはりいらっしゃいましたか」
 山岡は上座に座り、さくらと勇は山岡をじっと見つめた。彼が何も言わないので、さくらが切り出した。
「山岡様。今朝、書状を受け取りました。我々二人とも、こちらの剣術師範の任には採らずという旨が書いてありましたが、これは真ですか」
 少しの沈黙のあと、山岡が「ええ」と短く答えた。
「本日はその理由を聞きにいらしたのでしょう。最初に言っておきますが…大変失礼なことかとは思いますが、酷な話になります」
 山岡は本当に言いにくそうに、言葉を選んでいるのか眉間に皺を寄せて黙り込んでしまった。しかし、このようにもったいぶられてはさくらも勇も心臓が保たない。さくらは発言を促そうとしたが、同時に山岡は意を決したように口を開いた。
「近藤勇様。あなたは、出身が多摩の百姓であられると伺いました」
 さくらは嫌な予感がした。全くよぎらなかったわけではなかったが、なるべく考えないように追いやっていた予感だった。
「私は、お二人の剣術の腕前、指導力は本物だと思っています。我が講武所の師範に相応しいと思い、推挙しました。ですが、協議のうえ、やはり由緒ある武家の家柄の者を、ということになりましてね」
 さくらは勇を見た。膝の上で握られた拳がわなわなと震えていた。
「そして近藤さくら様。これも、非常に申し上げにくいのですが、単刀直入に言えば、やはり、女子から剣術の手ほどきを受けるわけにはいかぬ、と」
 さくらは取り乱さないように全身に力を入れた。
「その決定は、もう動かぬものということでよろしいですね」 さくらはやっとの思いでその言葉を絞り出した。
「申し訳ない」山岡は短くそう言った。

 さくらと勇は一言も発せずに講武所を出て、神田川に掛かる橋のところまで走り、同時に立ち止まった。
「うわあーーーーっっっ!!!」
 二人は川に向かって同時に叫んだ。
 大声を出せば幾分すっきりするかと思い、取った行動であったが、通行人に白い目で見られるばかりで何の気休めにもならなかった。
 それからは足が鉛になったかのような足取りでなんとか試衛館までたどり着いた。
「父上の家に寄るの忘れたな」さくらがポツリと言った。
「いや、ちょっと、言えない…」勇が答えた。
 さくらは同感、と言い試衛館の門をくぐった。



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