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お里江の恋路①
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講武所での試験から数日後。
いつもの通り朝食をとっていた試衛館の面々であったが、さくらと勇だけは落ち着かない様子で納豆をかき混ぜていた。
「姉先生、そんなに混ぜたら納豆がなくなっちゃいますよ」
総司に言われ、さくらははっとして器を見ると、確かに納豆が今にも粉々になるところだった。
「無理もない。五と十の付く日に飛脚が来るんだろう。今日は十五日だからな」新八が総司に言った。
そう、さくらと勇は講武所からの手紙、つまり正式な剣術師範採用の知らせと、今後の予定などについて書かれた知らせを待っていたのだった。
その時、門の方から「近藤さーん!お手紙でーす!」と声が聞こえた。
「来た!」さくらと勇はガバッと立ち上がると、我先にと飛び出していった。
「今、飛脚の声?聞こえた?」平助が総司に尋ねた。門から今いる部屋までは本来そう簡単に声が聞こえる程の距離ではない。
「いや、聞こえなかった…」総司は唖然とさくらたちが走っていった方角を見た。
「近藤先生もさくらさんも、今か今かと待っていたからなあ」山南が微笑ましそうに言った。
残された面々はしばらく黙々と食事を続けていたが、やがて物音がしてさくらたちが戻ってきたとわかると、全員ビクッとしてそちらを見やった。
「な、なんだ、手紙来たんじゃないのか?」源三郎が聞いた。さくらと勇の表情が揃って曇っていたからだ。
「何かあったんですか…?」総司もおそるおそる聞いた。
「来なかった」さくらが言った。全員が「は?」と首を傾げた。
「お里江」さくらは台所の方で作業をしていた里江を呼んだ。
「お前にだ」
里江は土間から上がってきて部屋に入ると、さくらから手紙を受け取って中を読み始めた。
「なんだ、何が書いてあるんだ?」歳三が尋ねた。
「私の、祝言の日取りが決まったと。支度の都合もあり、来月には日野へ戻るようにと」里江の声は少し震えているようだった。
ほんの少しの沈黙を、総司が破った。
「おめでとう!決まってよかったね!それで、祝言はいつになるの?」
さくら以外の全員が、光の速さで総司の方に顔を向けた。お前がそれを言うか、と全員が思っているのに、気づいていないのは総司本人とさくらだけだった。
多少は恋愛経験・女性経験があった男連中と違い、さくらは馬鹿がつく程真面目に剣術の稽古しかしていなかったものだから、こういうことに関しては一回り年下の里江よりもウブで鈍感であった。
ただ、親が決めた顔も知らない相手に嫁ぐ不安はなんとなく想像がついていたから、総司ほど呑気におめでとうとは言えなかった。結果的には他の者と同様かける言葉が見つからず、さくらも沈黙した。
里江は今にも泣きそうな顔で「秋口になりそうという話です」と総司の質問に答えた。
朝ご飯を食べ終えると、各自稽古に向かったり散歩に繰り出したりと三々五々食事をしていた板の間を出ていった。今日もいつも通りの一日が始まる。
「沖田様」
道場に向かう途中の総司を里江は呼び止めた。
「あの、お話が…」
「話?」
里江は少し押し黙った。
「よろしければ、洗濯を手伝ってはいただけませんか?」
「洗濯?…いいけど。珍しいね、お里江ちゃんが手伝って欲しいなんて」
「昨日の雨で、洗濯物が溜まっているのです。奥様も風邪気味でいらっしゃいますから、水仕事は…」
里江は言い訳がましくもっともらしい理由を並べ立てた。
「そっか。あ、でも午前の稽古が終わってからでもいいかな?」
「はい、よろしくお願いします!」
もちろん、洗濯を手伝って欲しいというのは里江が苦し紛れに考えた単なる口実であった。本当は洗濯など朝のうちにするに越したことはないのに、里江はそんなことに構っている場合ではなかった。
いつもの通り朝食をとっていた試衛館の面々であったが、さくらと勇だけは落ち着かない様子で納豆をかき混ぜていた。
「姉先生、そんなに混ぜたら納豆がなくなっちゃいますよ」
総司に言われ、さくらははっとして器を見ると、確かに納豆が今にも粉々になるところだった。
「無理もない。五と十の付く日に飛脚が来るんだろう。今日は十五日だからな」新八が総司に言った。
そう、さくらと勇は講武所からの手紙、つまり正式な剣術師範採用の知らせと、今後の予定などについて書かれた知らせを待っていたのだった。
その時、門の方から「近藤さーん!お手紙でーす!」と声が聞こえた。
「来た!」さくらと勇はガバッと立ち上がると、我先にと飛び出していった。
「今、飛脚の声?聞こえた?」平助が総司に尋ねた。門から今いる部屋までは本来そう簡単に声が聞こえる程の距離ではない。
「いや、聞こえなかった…」総司は唖然とさくらたちが走っていった方角を見た。
「近藤先生もさくらさんも、今か今かと待っていたからなあ」山南が微笑ましそうに言った。
残された面々はしばらく黙々と食事を続けていたが、やがて物音がしてさくらたちが戻ってきたとわかると、全員ビクッとしてそちらを見やった。
「な、なんだ、手紙来たんじゃないのか?」源三郎が聞いた。さくらと勇の表情が揃って曇っていたからだ。
「何かあったんですか…?」総司もおそるおそる聞いた。
「来なかった」さくらが言った。全員が「は?」と首を傾げた。
「お里江」さくらは台所の方で作業をしていた里江を呼んだ。
「お前にだ」
里江は土間から上がってきて部屋に入ると、さくらから手紙を受け取って中を読み始めた。
「なんだ、何が書いてあるんだ?」歳三が尋ねた。
「私の、祝言の日取りが決まったと。支度の都合もあり、来月には日野へ戻るようにと」里江の声は少し震えているようだった。
ほんの少しの沈黙を、総司が破った。
「おめでとう!決まってよかったね!それで、祝言はいつになるの?」
さくら以外の全員が、光の速さで総司の方に顔を向けた。お前がそれを言うか、と全員が思っているのに、気づいていないのは総司本人とさくらだけだった。
多少は恋愛経験・女性経験があった男連中と違い、さくらは馬鹿がつく程真面目に剣術の稽古しかしていなかったものだから、こういうことに関しては一回り年下の里江よりもウブで鈍感であった。
ただ、親が決めた顔も知らない相手に嫁ぐ不安はなんとなく想像がついていたから、総司ほど呑気におめでとうとは言えなかった。結果的には他の者と同様かける言葉が見つからず、さくらも沈黙した。
里江は今にも泣きそうな顔で「秋口になりそうという話です」と総司の質問に答えた。
朝ご飯を食べ終えると、各自稽古に向かったり散歩に繰り出したりと三々五々食事をしていた板の間を出ていった。今日もいつも通りの一日が始まる。
「沖田様」
道場に向かう途中の総司を里江は呼び止めた。
「あの、お話が…」
「話?」
里江は少し押し黙った。
「よろしければ、洗濯を手伝ってはいただけませんか?」
「洗濯?…いいけど。珍しいね、お里江ちゃんが手伝って欲しいなんて」
「昨日の雨で、洗濯物が溜まっているのです。奥様も風邪気味でいらっしゃいますから、水仕事は…」
里江は言い訳がましくもっともらしい理由を並べ立てた。
「そっか。あ、でも午前の稽古が終わってからでもいいかな?」
「はい、よろしくお願いします!」
もちろん、洗濯を手伝って欲しいというのは里江が苦し紛れに考えた単なる口実であった。本当は洗濯など朝のうちにするに越したことはないのに、里江はそんなことに構っている場合ではなかった。
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