53 / 205
いざ、講武所指南役試験③
しおりを挟む
報告を聞いた周斎は、口をぽかんと開けてさくらと勇を見つめるばかりであった。
「受かったのか…?しかも、二人とも…?嘘だろ…」
「父上、まさか本当に通るなんて、って顔に書いてありますよ」さくらがたしなめた。
「まあ、まだ最終的な決定ではないんですが、ほぼ決まったようなものだと」勇は顔中をほころばせて付け加えた。
「いや、何にしてもすげえぞ二人とも。俺ぁ鼻高々だ。本当におめでとう」
周斎は二人の顔を満足げに見た。その目は少しだけ潤んでいるようだった。
「父上?」沈黙を破り、さくらが何も言わない父に声をかけた。
「うん。すげえ。本当にすげえよ。さくらも勇も、俺の自慢の娘だ。自慢の息子だ」
さくらは、周斎が嬉し涙をこらえているのがわかった。
一緒に武士になろう。
もう十年以上も前、そう話した勇との夢は、今ここに実を結びつつある。
周斎の顔を見ているうちに、そんな実感がさくらの中にふつふつと湧いてくるのであった。
それからさくらと勇はもちろん、試衛館で仲間たちにこのことを報告した。
ツネと里江は赤飯を炊き、その夜は当然のように祝いの宴の様相となった。
「まさか本当に二人揃って通っちまうとはなあ!よし、祝いのしるしにこれ見せてやるよ!」
左之助はおもむろに立ち上がると、上半身の身ごろを開き、腹の傷跡を見せた。
「前にも見たぞ」さくらは言いながらも、可笑しそうにケラケラと笑っていた。
左之助の腹の傷お披露目はもはや宴会芸の一種であったが、もとはといえば国元で「切腹の作法も知らない野暮侍」などと罵られた時に「それならば」と実際に腹を切ってみせた時の傷跡である。笑いごとではないのだ。
「左之助、祝いのしるしが切腹の傷跡なんて、縁起が悪いだろ」新八がたしなめた。
「いや、むしろ縁起がいいんじゃないですか?だって、切腹して一命を取りとめた傷跡なんだから」平助が笑いをかみ殺すようにしながら言った。
そんな三人のやりとりを、さくらは笑顔で見つめていた。
「おめでとうございます、さくらさん」
隣に座っていた山南に声をかけられ、さくらはどきっとして顔をそちらに向けた。
「ありがとうございます」
「お見事です。あなたの真の強さがご公儀に認められたんですね」
山南の率直な褒め言葉はいつもすとんと心に落ちてくるような気がして、さくらはふわふわと暖かい気持ちになるのがわかった。
「嬉しいです。これからは、ご公儀のためにがんばります」さくらはにこりと微笑んだ。
さくらの斜向かいでは、勇、歳三、総司、源三郎が赤飯を頬張りながら今日の様子を話していた。
「近藤先生、考査の内容はどんな感じだったんですか?」
総司が興味深々で聞いたので、勇は試験の内容を話して聞かせた。
「面白いやり方ですね。やはり、指南役を選ぶからには教え方も重要ということか」源三郎が納得とばかりに膝をうった。
「それにしても、私はもう本当に自分のことのように嬉しいです。特にさくらは、小さい頃からずっと見てきましたから」
「やだな源さん、泣いてるんですか?」総司が笑った。
「歳三兄様、どうなさったんですか、ぼうっとなさって」里江がお櫃から赤飯のお替りをよそいながら歳三に話しかけた。歳三はさっきから黙って勇たちの話を聞き、時折さくらの方を見て、赤飯を黙々と食べていた。
「別に」歳三は茶碗を受け取り、お替りの一口目を頬張った。里江は今度は総司の茶碗に大盛りの赤飯をよそいながら、「そうですか?」と訝しげな視線を投げた。
歳三は赤飯を食べ終えると、勇の顔を真っすぐに見た。
「勝っちゃん」
「おう、なんだトシ?」
「本当におめでとう」歳三は口角を上げてそう言った。
「うん、ありがとう」勇はにぱっと満面の笑みを見せた。
「さくらも」歳三は振り返ってさくらの方に向き直った。
「おめでとう」
さくらは驚いた表情で歳三を見た。
「なんだ、改まって。少し気持ち悪いな」
「うるせえ。二度は言わねえぞ」
さくらはふふっと微笑んだ。
「ありがとう」
宴会は深夜まで続いた。
さくらも勇も、待ち受ける剣術師範としての職務に胸躍らせ、おおいに宴会を楽しんだ。
「受かったのか…?しかも、二人とも…?嘘だろ…」
「父上、まさか本当に通るなんて、って顔に書いてありますよ」さくらがたしなめた。
「まあ、まだ最終的な決定ではないんですが、ほぼ決まったようなものだと」勇は顔中をほころばせて付け加えた。
「いや、何にしてもすげえぞ二人とも。俺ぁ鼻高々だ。本当におめでとう」
周斎は二人の顔を満足げに見た。その目は少しだけ潤んでいるようだった。
「父上?」沈黙を破り、さくらが何も言わない父に声をかけた。
「うん。すげえ。本当にすげえよ。さくらも勇も、俺の自慢の娘だ。自慢の息子だ」
さくらは、周斎が嬉し涙をこらえているのがわかった。
一緒に武士になろう。
もう十年以上も前、そう話した勇との夢は、今ここに実を結びつつある。
周斎の顔を見ているうちに、そんな実感がさくらの中にふつふつと湧いてくるのであった。
それからさくらと勇はもちろん、試衛館で仲間たちにこのことを報告した。
ツネと里江は赤飯を炊き、その夜は当然のように祝いの宴の様相となった。
「まさか本当に二人揃って通っちまうとはなあ!よし、祝いのしるしにこれ見せてやるよ!」
左之助はおもむろに立ち上がると、上半身の身ごろを開き、腹の傷跡を見せた。
「前にも見たぞ」さくらは言いながらも、可笑しそうにケラケラと笑っていた。
左之助の腹の傷お披露目はもはや宴会芸の一種であったが、もとはといえば国元で「切腹の作法も知らない野暮侍」などと罵られた時に「それならば」と実際に腹を切ってみせた時の傷跡である。笑いごとではないのだ。
「左之助、祝いのしるしが切腹の傷跡なんて、縁起が悪いだろ」新八がたしなめた。
「いや、むしろ縁起がいいんじゃないですか?だって、切腹して一命を取りとめた傷跡なんだから」平助が笑いをかみ殺すようにしながら言った。
そんな三人のやりとりを、さくらは笑顔で見つめていた。
「おめでとうございます、さくらさん」
隣に座っていた山南に声をかけられ、さくらはどきっとして顔をそちらに向けた。
「ありがとうございます」
「お見事です。あなたの真の強さがご公儀に認められたんですね」
山南の率直な褒め言葉はいつもすとんと心に落ちてくるような気がして、さくらはふわふわと暖かい気持ちになるのがわかった。
「嬉しいです。これからは、ご公儀のためにがんばります」さくらはにこりと微笑んだ。
さくらの斜向かいでは、勇、歳三、総司、源三郎が赤飯を頬張りながら今日の様子を話していた。
「近藤先生、考査の内容はどんな感じだったんですか?」
総司が興味深々で聞いたので、勇は試験の内容を話して聞かせた。
「面白いやり方ですね。やはり、指南役を選ぶからには教え方も重要ということか」源三郎が納得とばかりに膝をうった。
「それにしても、私はもう本当に自分のことのように嬉しいです。特にさくらは、小さい頃からずっと見てきましたから」
「やだな源さん、泣いてるんですか?」総司が笑った。
「歳三兄様、どうなさったんですか、ぼうっとなさって」里江がお櫃から赤飯のお替りをよそいながら歳三に話しかけた。歳三はさっきから黙って勇たちの話を聞き、時折さくらの方を見て、赤飯を黙々と食べていた。
「別に」歳三は茶碗を受け取り、お替りの一口目を頬張った。里江は今度は総司の茶碗に大盛りの赤飯をよそいながら、「そうですか?」と訝しげな視線を投げた。
歳三は赤飯を食べ終えると、勇の顔を真っすぐに見た。
「勝っちゃん」
「おう、なんだトシ?」
「本当におめでとう」歳三は口角を上げてそう言った。
「うん、ありがとう」勇はにぱっと満面の笑みを見せた。
「さくらも」歳三は振り返ってさくらの方に向き直った。
「おめでとう」
さくらは驚いた表情で歳三を見た。
「なんだ、改まって。少し気持ち悪いな」
「うるせえ。二度は言わねえぞ」
さくらはふふっと微笑んだ。
「ありがとう」
宴会は深夜まで続いた。
さくらも勇も、待ち受ける剣術師範としての職務に胸躍らせ、おおいに宴会を楽しんだ。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―
馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。
新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。
武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。
ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。
否、ここで滅ぶわけにはいかない。
士魂は花と咲き、決して散らない。
冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。
あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。
schedule
公開:2019.4.1
連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )
南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳
勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません)
南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。
表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。
2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。
水野勝成 居候報恩記
尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。
⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。
⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。
⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/
備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。
→本編は完結、関連の話題を適宜更新。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
【完結】女神は推考する
仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。
直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。
強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。
まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。
今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。
これは、大王となる私の守る為の物語。
額田部姫(ヌカタベヒメ)
主人公。母が蘇我一族。皇女。
穴穂部皇子(アナホベノミコ)
主人公の従弟。
他田皇子(オサダノオオジ)
皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。
広姫(ヒロヒメ)
他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。
彦人皇子(ヒコヒトノミコ)
他田大王と広姫の嫡子。
大兄皇子(オオエノミコ)
主人公の同母兄。
厩戸皇子(ウマヤドノミコ)
大兄皇子の嫡子。主人公の甥。
※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。
※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。
※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。)
※史実や事実と異なる表現があります。
※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。
本所深川幕末事件帖ー異国もあやかしもなんでもござれ!ー
鋼雅 暁
歴史・時代
異国の気配が少しずつ忍び寄る 江戸の町に、一風変わった二人組があった。
一人は、本所深川一帯を取り仕切っているやくざ「衣笠組」の親分・太一郎。酒と甘味が大好物な、縦にも横にも大きいお人よし。
そしてもう一人は、貧乏御家人の次男坊・佐々木英次郎。 精悍な顔立ちで好奇心旺盛な剣術遣いである。
太一郎が佐々木家に持ち込んだ事件に英次郎が巻き込まれたり、英次郎が太一郎を巻き込んだり、二人の日常はそれなりに忙しい。
剣術、人情、あやかし、異国、そしてちょっと美味しい連作短編集です。
※話タイトルが『異国の風』『甘味の鬼』『動く屍』は過去に同人誌『日本史C』『日本史D(伝奇)』『日本史Z(ゾンビ)』に収録(現在は頒布終了)されたものを改題・大幅加筆修正しています。
※他サイトにも掲載中です。
※予約投稿です
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる