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いざ、講武所指南役試験②
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そんなこんなで半時が過ぎ、試験は終了した。二次試験に挑んだ十人は、順番に山岡に呼ばれて別室へ案内されていった。話が終わった者から帰ってしまったものだから、山岡がどんな話をしたのかわからないまま、残された者達は用意された待機用の部屋でやきもきと自分の順番を待った。
そして、さくらと勇は最後に残ってしまった。最初は十人が余裕で入る部屋だったから、二人でいるには広すぎてなんだか落ち着かない。
「近藤さん」
使いの者にそう呼ばれ、二人とも同時に「はい!」と返事した。それから、二人は顔を見合わせ、「あの、どちらの…?」と尋ねた。
「お二人とも、一緒にお越しください」
通された部屋では、山岡が待っていた。
「いやいや、お二人とも、お見事でした」
山岡がいかつい顔に笑みを浮かべたので、そのいかつさが幾分中和された。
「はい、ありがとうございます」勇が頭を下げた。
「私のような者まで最後まで残してくださり感謝申し上げます」さくらも頭を下げた。
「近藤勇さん、あなたは『実戦では』と言って門下生たちの士気を鼓舞していましたね。さすがは天然理心流のご宗家。まさに今求められているのは『実戦でどうするか』ということです。その点、あなたの教え方は実にその目的に沿っているとお見受けしました」
「はっ、ありがとうございます!」勇は先ほどより強い口調でお礼を言い、頭を下げた。
――もしかして、いい線いってる…のか?
さくらは淡い期待に胸を高鳴らせ、山岡の次の言葉を待った。
「そして近藤さくらさん。自分や他者の動きを客観的に見せる指導。斬新でした。それと、これを言っては失礼かもしれないが…当初、私は『女子に剣術を習うなど矜持が許さぬ』と反発を受けるかと思っていたんです。しかし、存外門下生たちの評判はよかった。むさ苦しい道場に花が咲いたようだ、とね」
――そんな理由か。それはそれで、ここの門下生は大丈夫なのか?少し軟弱なのではないか。
さくらは心の中でツッコミを入れたが、もちろん顔には出さず「はっ!ありがとうございます!」と、勇と同じく語気を強めて礼を言い、頭を下げた。
「お二人同時にお呼びしたのは他でもない。お二人共に剣術師範をお願いしたいと思っています」
沈黙が流れた。さくらも勇も一瞬山岡の言葉の意味を理解できず、ぽかんとした顔で山岡を見つめた。
「えっと、つまりそれは…」勇が口火を切った。
「文字通り。近藤勇殿、近藤さくら殿に講武所の剣術師範をお願いしたい。ご姉弟であれば考えの相違でもめるような心配もありませんし。たびたびあるんですよ。ある師範はこう指導したのにこちらの師範は違う指導をしてくるから困る、といった話が」
ようやく事態を理解した二人はぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!!」勇とさくらは土下座する勢いで深々と頭を下げた。
「一つだけ言っておきますが、これはあくまで仮の採用とさせていただく。本日の結果を私から上席の者に伝え、その許可をもって最終的な決定となります。まあ、今まであまり覆されたことはないので心配いらないとは思いますが」
「はい!ありがとうございます!」この短時間で何回目になるかわからない礼の言葉を述べ、さくらと勇は講武所を後にした。
先ほどの山岡の最後の一言が、後で「活きてくる」ことになるのだが、それはまた少し先の話。
とにもかくにも、さくらも勇も来た時と百八十度違う気持ちで帰り道を歩いていた。
「信じられるか!?さくら、おれ達、ついに武士になれるんだ!」勇は興奮を隠しきれない様子で、いつもより声が上ずっていた。
「信じ…られぬ…いいのか?本当に私たちでいいのか!?」さくらは、頭の片隅に「ダメ元」という言葉がよぎっていた中で試験に臨んでいたので、どうしたらいいかわからないというのが本音だった。
「とにかく、早く帰って皆に伝えよう!!」
二人が足を速め家路を急いだが、少し先に小さな人だかりができていたので立ち止まった。
「なんだなんだ?」勇が人だかりに近づいた。
人だかりができているのはとある道場の前だった。どうやら塀に紙が貼ってあるようだ。
「何かあったんですか?」さくらが人だかりの先頭の女に聞いた。いかにも噂話が好きそうな年配の女性だ。
「それがさぁお嬢ちゃん、ん?お兄ちゃん?」さくらの声だけ聞いた女性は振り返ってさくらの身なりを見ると首を傾げた。今日は袴姿で町を歩いていたので、そう言われるのも無理はない。
「私の格好のことは今はどうでもよいのです。それで?」
「昨日ここでね、門人の男と、旗本のなんとかっていうお侍さんが真剣で勝負をしたらしいんだよ。それで、お侍さんが負けちまったんだってさぁ」
「真剣で…」勇がつぶやくように言った。
「そ、それで…」さくらは女性の次の言葉を待った。
「負けたお侍さんは亡くなっちまったらしいよ。門人の男の方は、姿をくらましたんだと」
女性が場所を開けてくれたので、さくらと勇はようやく張り紙を見ることができた。張り紙には若いのか年配なのかよくわからない男の似顔絵と、「山口一」という名前が書いてあった。
「こいつが真剣勝負で勝ったのかぁ」
「どこに逃げたんだろうなぁ」
さくらと勇はぱっと思ったことをそれぞれ口にしたが、それ以上の興味--探してみようとか捕まえてみようとか-ーを持つ程ではなかった。
人だかりも大きくなってきたので、二人は女性にお礼を言うとその場を離れた。少し気持ちが貼り紙の内容に持っていかれた二人だったが、道中の会話はたちまち講武所の話題に戻り、これから待ち受ける武士としての生活をあーでもないこーでもないと話しながら、今日のことを報告するために周斎の家に向かった。
そして、さくらと勇は最後に残ってしまった。最初は十人が余裕で入る部屋だったから、二人でいるには広すぎてなんだか落ち着かない。
「近藤さん」
使いの者にそう呼ばれ、二人とも同時に「はい!」と返事した。それから、二人は顔を見合わせ、「あの、どちらの…?」と尋ねた。
「お二人とも、一緒にお越しください」
通された部屋では、山岡が待っていた。
「いやいや、お二人とも、お見事でした」
山岡がいかつい顔に笑みを浮かべたので、そのいかつさが幾分中和された。
「はい、ありがとうございます」勇が頭を下げた。
「私のような者まで最後まで残してくださり感謝申し上げます」さくらも頭を下げた。
「近藤勇さん、あなたは『実戦では』と言って門下生たちの士気を鼓舞していましたね。さすがは天然理心流のご宗家。まさに今求められているのは『実戦でどうするか』ということです。その点、あなたの教え方は実にその目的に沿っているとお見受けしました」
「はっ、ありがとうございます!」勇は先ほどより強い口調でお礼を言い、頭を下げた。
――もしかして、いい線いってる…のか?
さくらは淡い期待に胸を高鳴らせ、山岡の次の言葉を待った。
「そして近藤さくらさん。自分や他者の動きを客観的に見せる指導。斬新でした。それと、これを言っては失礼かもしれないが…当初、私は『女子に剣術を習うなど矜持が許さぬ』と反発を受けるかと思っていたんです。しかし、存外門下生たちの評判はよかった。むさ苦しい道場に花が咲いたようだ、とね」
――そんな理由か。それはそれで、ここの門下生は大丈夫なのか?少し軟弱なのではないか。
さくらは心の中でツッコミを入れたが、もちろん顔には出さず「はっ!ありがとうございます!」と、勇と同じく語気を強めて礼を言い、頭を下げた。
「お二人同時にお呼びしたのは他でもない。お二人共に剣術師範をお願いしたいと思っています」
沈黙が流れた。さくらも勇も一瞬山岡の言葉の意味を理解できず、ぽかんとした顔で山岡を見つめた。
「えっと、つまりそれは…」勇が口火を切った。
「文字通り。近藤勇殿、近藤さくら殿に講武所の剣術師範をお願いしたい。ご姉弟であれば考えの相違でもめるような心配もありませんし。たびたびあるんですよ。ある師範はこう指導したのにこちらの師範は違う指導をしてくるから困る、といった話が」
ようやく事態を理解した二人はぱっと顔を輝かせた。
「ありがとうございます!!」勇とさくらは土下座する勢いで深々と頭を下げた。
「一つだけ言っておきますが、これはあくまで仮の採用とさせていただく。本日の結果を私から上席の者に伝え、その許可をもって最終的な決定となります。まあ、今まであまり覆されたことはないので心配いらないとは思いますが」
「はい!ありがとうございます!」この短時間で何回目になるかわからない礼の言葉を述べ、さくらと勇は講武所を後にした。
先ほどの山岡の最後の一言が、後で「活きてくる」ことになるのだが、それはまた少し先の話。
とにもかくにも、さくらも勇も来た時と百八十度違う気持ちで帰り道を歩いていた。
「信じられるか!?さくら、おれ達、ついに武士になれるんだ!」勇は興奮を隠しきれない様子で、いつもより声が上ずっていた。
「信じ…られぬ…いいのか?本当に私たちでいいのか!?」さくらは、頭の片隅に「ダメ元」という言葉がよぎっていた中で試験に臨んでいたので、どうしたらいいかわからないというのが本音だった。
「とにかく、早く帰って皆に伝えよう!!」
二人が足を速め家路を急いだが、少し先に小さな人だかりができていたので立ち止まった。
「なんだなんだ?」勇が人だかりに近づいた。
人だかりができているのはとある道場の前だった。どうやら塀に紙が貼ってあるようだ。
「何かあったんですか?」さくらが人だかりの先頭の女に聞いた。いかにも噂話が好きそうな年配の女性だ。
「それがさぁお嬢ちゃん、ん?お兄ちゃん?」さくらの声だけ聞いた女性は振り返ってさくらの身なりを見ると首を傾げた。今日は袴姿で町を歩いていたので、そう言われるのも無理はない。
「私の格好のことは今はどうでもよいのです。それで?」
「昨日ここでね、門人の男と、旗本のなんとかっていうお侍さんが真剣で勝負をしたらしいんだよ。それで、お侍さんが負けちまったんだってさぁ」
「真剣で…」勇がつぶやくように言った。
「そ、それで…」さくらは女性の次の言葉を待った。
「負けたお侍さんは亡くなっちまったらしいよ。門人の男の方は、姿をくらましたんだと」
女性が場所を開けてくれたので、さくらと勇はようやく張り紙を見ることができた。張り紙には若いのか年配なのかよくわからない男の似顔絵と、「山口一」という名前が書いてあった。
「こいつが真剣勝負で勝ったのかぁ」
「どこに逃げたんだろうなぁ」
さくらと勇はぱっと思ったことをそれぞれ口にしたが、それ以上の興味--探してみようとか捕まえてみようとか-ーを持つ程ではなかった。
人だかりも大きくなってきたので、二人は女性にお礼を言うとその場を離れた。少し気持ちが貼り紙の内容に持っていかれた二人だったが、道中の会話はたちまち講武所の話題に戻り、これから待ち受ける武士としての生活をあーでもないこーでもないと話しながら、今日のことを報告するために周斎の家に向かった。
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