浅葱色の桜

初音

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いざ、講武所指南役試験①

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「それじゃあ、行ってきます」
 勇とさくらは試衛館の門前に立って、若干力んだ声で言った。
「がんばってくださいね!」総司が言った。
「近藤さんなら大丈夫ですよ!あ、もちろん二人ともって意味です」平助はさくらの顔を見てにかっと笑った。
 仲間たちに見送られ、勇とさくらは講武所へと出発した。
 今日は、いよいよ試験当日であった。

 道すがら、勇は何度も「よし、よし」と言って深呼吸していた。
「緊張してるのか?」さくらが尋ねた。
「ああ。なんたって、この考査を通れば、おれは武士になれる」勇は嬉しそうな笑顔を見せた。
「そうだな。私も緊張してきた」
「はは、さくらが緊張するなんてな。やっぱり、人生の大舞台だもんな」
「まあ、私はその前に門前払いされなければいいのだが」
 講武所は試衛館から歩いて三十分ほどのところにある。当時の感覚で言えば、ごくごくご近所である。しかし、勇とさくらにとっては、冒険の旅にでも出たかのような道のりに感じられた。

「ようこそ。私は山岡鉄太郎と申します。今日の考査の検分役を致します。よろしく」
 山岡と名乗ったいかめしい顔つきの男が二人を出迎えた。山岡はかなりの大男で、さくらも勇も山岡を見上げながら、そこはかとない威圧感を覚えていた。
「よ、よろしくお願いします…」
「近藤イサムさんと、近藤…失礼、この字は『さくら』という読みで間違いないか?」
「はい、間違いございません」
 さくらは、普段は自分の名前は平仮名で「さくら」と書いていたが、まず書状で門前払いされないように男っぽく当て字をしたらどうかという歳三の悪知恵で、「近藤佐久良」という名前で申し込んでいたのだった。さすがに、バレた時のことを考え偽名を使う勇気はなかったのだが。服装も、今日はもちろん動きやすさ重視で袴姿であった。
「ちなみに私はイサミと読みます…」勇が一応訂正した。
「おお、これは失礼致した。お二人はご姉弟きょうだいですかな」
「はい!」二人は元気よく答えた。
「それでは、中へご案内します。こちらへ」
 山岡に連れられ、勇とさくらは長い廊下を歩いた。
「女だってことに全然触れられないが…大丈夫なのか」さくらは墓穴を掘るようなことをヒソヒソと勇に話した。
「もしかしたら、男だと思われてるのかもしれないぞ。行けるところまで行こう。あとは実力だ」勇もヒソヒソと答えた。
「さくら様は女子でいらっしゃいますでしょうが、講武所の指南役に名乗り出るということは腕に自信がおありとお見受けしました。講武所は身分の差別ない実力主義ですから、お手並みだけは拝見いたします」
 山岡が振り向いてそう言ったので、二人は内心「バレてたか」と思ったが、さくらは「はい、ありがとうございます!」とはきはきした返事をした。

 試験の内容は、集まった腕自慢同士で戦って実力を見る一次試験と、「剣術師範」にふさわしく「教えるのがうまいかどうか」を見極める二次試験の二種だった。
 まず、試衛館の数倍はあろうかという広さの道場で、応募者同士の試合が始まった。応募者はさくら達を含めて全部で二十人であった。十分な広さがあったので、五組ずつ同時に試合が行われた。
 さすがに講武所の指南役に名乗り出るだけのことはあり、勇もさくらも強敵との戦いとなったが、二人ともこの一次試験を通過したのだった。
 二次試験は、これまた先程の道場よりさらに広いであろう中庭で行われた。内容は、各応募者に四人の講武所門下生があてがわれ、半時(一時間)の間、自由に剣術の稽古をつけよ、というものだった。その様子を山岡と数人の検分役が見て回るという形式だった。
 かなりざっくりとした指示で応募者たちはどうしたものかと思案したが、各々十分もすると自分のやり方を確立していった。ある者はとにかく二対二で試合をさせたり、またある者は素振りをさせてその形の善し悪しを評したりした。
 勇はまず、自分が木刀を頭上で横向きに持ち、門下生四人に次々と打たせた。
「『い』の方、あなたは振りかぶりは大きいが、打った瞬間力が抜けてしまいますね。これでは実戦になった場合、無用な傷を負わせるだけだ」
 門下生は名前ではなく「い」「ろ」「は」「に」の腕章を着けていたから、勇のように「『い』の方」とか「そこの『ろ』さん」とか、なんとも語呂の悪い呼び方をする他なかった。
「もっと打つ瞬間に力を込めてください。では、もう一度」

 一方で、さくらは「い」の者と「ろ」の者を戦わせて「は」の者と「に」の者に見せるというやり方を取った。
「『は』の方、今のお二人の戦いぶりを見ていかがでしたか」
「いかが、とは…」「は」の腕章をつけた男は言葉を詰まらせた。
「今の戦い、『い』の方が一本取りましたが、『ろ』の方はどうすれば負けずに済んだと思いますか」
「そうですね…踏み込みがもう少し大きければよかった…ですかね」
「その通り。今『い』の方の振りに『ろ』の方は少しだけ恐怖心が出てしまい、踏み込みが半歩足りなかった。違いますか?」さくらは「ろ」の腕章をつけた男に尋ねた。
「ええ、そう言われれば、そうですね…」男は今し方の試合を思い出すように目線を空に向けて答えた。
「実戦では、その少しの遅れが命取りになりますから、お気をつけを。では、次は『は』のあなたと、『に』のあなたの番です。『い』さんと『ろ』さんは、二人の戦いを見て、負けた方がなぜ負けたのか、考えてみてください」

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