浅葱色の桜

初音

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四代目襲名⑤

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 さくらは何が起きたのかわからず呆然と立っていたが、無情にも総司の叩く太鼓の音と、勇の「そこまで!二回戦、白組の勝利!!」という声が響いた。

「若先生、あの人たちすごく強いですね。お知り合いですか?」やぐらの上から試合の行方を見ていた総司は自分も参戦したいとうずうずした様子で勇を見た。
「いや、知らない顔だが…」勇は唖然として答えた。さくらを圧倒した男、ただ者ではないと舌を巻いていた。
「よし、総司、俺たちも行こう」
 勇は立ち上がった。
「いいんですか!?」総司はパッと顔を輝かせた。
「おい、総大将が行ってどうする!」周斎が咎めた。
「父上、申し訳ありません。ですが、私もあの中にぜひ加わりたく」
 勇はお願いします、と頭を下げた。
「ったく、しょうがねぇな。源三郎、お前も行くのか?」周斎は背後に立っていた源三郎に声をかけた。
「私はここに残って、合図の役を代わります」源三郎はにこりと微笑んだ。周斎は満足げに笑みを返した。
 やがて、赤い鉢巻きとかわらけをつけた勇と、白い鉢巻きとかわらけをつけた総司が、それぞれの組の前線に立った。最初は二人とも赤組に行こうとしたのだが、白組の猛反発に合い、総司がそちらにもらわれていった。
「始め!」
 源三郎が太鼓を叩き、合図した。
 男たちは「おらあああ!」とか「うおおおお!」とか声を上げながら、竹刀を持ち互いの組に駆け寄った。
 最前線で戦う勇は、迫りくる敵のかわらけを割りながら着実に白組大将の彦五郎に近づいていた。
「おい、勇、お前が全力で潰しにかかってどうするんだ!」さくらが勇の隣に立った。
 もはや白組の門人達は勇とさくらが二人並んで立っているところにあえて突っ込むような真似はしておらず、二人の周りには不自然な空間ができていた。
「さくらこそ、大将がこんなところに出てきたら駄目じゃないか!」勇が言い返した。
「お前がこんなとこまで来るから、今日の私は全くの良いとこなしだ。案ずるな、私は負けぬ」
 さくらはニッと笑うと、白組の軍勢めがけて走っていった。
 結局、赤組にはさくら、勇、山南、歳三の四人、白組には総司、藤堂、永倉、大将の彦五郎の四人が残った。
「一対一で行くか…?」さくらは竹刀を握る手に力を込めた。誰が誰と戦うか。もっとも、白組はまだ大将の彦五郎が後ろに引っ込んでいるので、実質は四対三で赤組に分があった。
 さくらの発言に、歳三が異を唱えた。
「いや、ここは全員で潰しに行く。四対一を三回繰り返せばいい。これは道場の稽古じゃねえ。実戦だ。勝つためには手段を選んでる場合じゃねえんだよ」
「私も土方君に同意します。まず、厄介な敵から」山南が続き、その視線は総司に向けられた。
 赤組の四人は総司に焦点を定め、一目散に走り出した。
「ちょ、よってたかって卑怯じゃないですか!」試衛館の猛者が四人同時に自分を狙ったことに対し、さすがの総司も狼狽したようだった。
 最初に総司の近くに到着した歳三が、身を低くして総司の足を払った。総司はよろめきながらも体勢を立て直し、歳三のかわらけを割った。
「今だ!」歳三が叫んだ。総司に一瞬の隙ができていた。
 歳三の犠牲を無駄にはすまいと、次に現れたさくらが、竹刀を思い切り振り下ろして総司のかわらけを割った。
 総司は何が起きたかわからないといった顔でその場に立ち尽くしていたが、歳三に引っ張られながら二人仲良く退場していった。
 その間に、勇と山南の二人組で永倉を制圧。さくらは藤堂と一対一の戦いとなっていた。
「さすがは試衛館師範代。腕前は折り紙付きのようですね」藤堂がさくらに向かって竹刀をぎゅっと握りなおした。
「藤堂さんこそ、よくぞここまで残られましたね」さくらも竹刀を構えた。
 藤堂の竹刀がピクリと動いた。さくらは「ヤッ!」と声を上げ向かった。
 カン、カンと竹刀がぶつかる音をさせた後、さくらは上から藤堂の竹刀を押さえつけた。そのまま素早く振りかぶると、藤堂のかわらけを割った。
 藤堂は少し悔しそうな顔を見せたが、さくらに一礼して退場していった。
 さくらは一気に彦五郎のもとへと走った。
「彦五郎さん!この勝負、もらったぁ!」さくらは思い切り竹刀を振りかぶると、彦五郎のかわらけを勢いよく割った。
 その瞬間、源三郎の鳴らす太鼓の音が響いた。
「三回戦、赤組の勝ち!よって、勝者、赤組!」
「よっしゃあああ!」さくらは拳を振り上げて、まだ場内にいた勇と山南のもとへ駆け寄った。
「よっ!大将!さすが!」勇がにっこりと微笑んだ。さくらも満面の笑みで返した。
 赤組の面々が場内に戻ってきて、勝利の喜びを分かち合う中、再び太鼓の音が境内に鳴り響いた。
 こうして、天然理心流四代目宗家襲名披露の野試合は幕を閉じた。
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