浅葱色の桜

初音

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四代目襲名③

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 天然理心流の門人たちが互いのかわらけを割り合い戦いに興じている時、会場となった六所明神の前を二人組の男が通りがかった。
 彼らは武者修行と称して江戸を中心に関東一円を練り歩いては道場破りを繰り返している男たちだった。
「なんだ、ここは神社なのにやけに騒がしいな」無精ひげを生やした男が言った。彼はもう一人に比べて、ごつい顔立ちをしていた。
「ちょっと、見てみるか?」細面の男が言った。細面といってももう一人よりは面長という程度で、精悍な顔つきをした青年であった。

 藤堂は試合を眺めながら、たまたま隣に立っていた左之助と話していた。
「左之助さんは、どうして試衛館に?」
「ん?俺はなぁ、拾われたんだよ」左之助はなぜか得意そうに言った。
「拾われた…?」
「まあきっかけはそうだけどな、あいつらみんないいやつだから。特に、あそこの若先生はよ」左之助はやぐらの上に立つ勇を顎で指した。
「ええ。これだけの人が、こんな風に一生懸命に祝ってくれるなんて、近藤先生は人望に厚い方なんでしょうね」藤堂が微笑んだ。
「もし」
 背後から声をかけられ、左之助と藤堂は振り返った。
 髭を生やした四角い顔の男と、それよりは面長で精悍な顔つきの青年が立っていた。
「これはいったい何をしているのですか?」青年が尋ねた。
「んー?あんたら通りすがりのもんかい。これはなぁ、今天然理心流の四代目襲名披露の野試合ってやつをやってるんだ」左之助が説明した。
「天然理心流?」見知らぬ男二人は同時に尋ねた。それからお互いにヒソヒソ声で話し始めた。
「知ってるか?」
「いや、初めてだ…」
「天然理心流は、実戦を重んじる剣術の流派で、江戸にある試衛館という道場が本拠なんですよ。あちらにいる近藤勇さんが、四代目宗家になられるので、今日はその襲名披露なんです」藤堂が説明した。
「はあ」二人はまだよくわからないといった様子で相槌を打った。
「あんたら、見たとこ強そうだな。百聞は一見にしかず!次の二回戦から、他流の者も入ってよしって言われてるから、加わったらどうだ?」
 左之助に言われ、二人は目配せした。
「どうする?」髭面の方が言った。
「うん。これも武者修行の一環だ。せっかくだからお言葉に甘えないか?」
「左之助さん、そんな勝手に大丈夫なんですか?」藤堂が小声で聞いた。
「なーに。二人くらい増えたって誰も気づかねぇよ」左之助は大口を開けて笑顔を見せた。
「そういや、名前は?」左之助は二人に尋ねた。
市川宇八郎いちかわうはちろう」髭面の男が答えた。
永倉新八ながくらしんぱちと申します。我ら二人、武者修行の旅をしているところです」もう一人が名乗った。
「そっかそっか。俺は原田左之助!こっちは藤堂平助!よろしくな!」左之助はニカッと笑った。

 試合の方はと言うと、歳三と山南が自分たちの立てた作戦の通りに、真正面よりやや右側の軍勢に攻め込み、次々とかわらけを割っている最中だった。そして他の門人たちが迫り来る白組の軍勢をくい止め、敵に隙が出来た。
「義兄上、御免!!」歳三はそう言うと勢いよく佐藤彦五郎に駆け寄り、その勢いのままかわらけを割った。
 パリーン!と小気味のよい音がし、総司がどん、どんと太鼓を叩く音が境内にこだました。
「そこまで!一回戦、赤組の勝利!」
 勇の声が響いた。

「あの方が、四代目の近藤殿か」永倉は感情の読み取れない顔で勇を見た。そして、ふと赤組の大将に目をやった。
「赤組の大将殿は、随分華奢というか、お若い方なのだな」
「あれは近藤さんの姉貴でさくらってんだ。姉貴と言っても同い年だがな」左之助はニヤリと笑みを浮かべ、親指でさくらを指した。
「ええ!女!?」これには、二人が驚きの声をあげた。
「さくらちゃんは強いぞ。なんたって女だてらに試衛館の師範代だからな」
 この話を聞いて、永倉の目つきが少し変わった。
「俄然、興味が湧いた。行くぞ、宇八郎」

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