浅葱色の桜

初音

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四代目襲名②

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 かくして、文久元年八月、勇の襲名披露の日がやってきた。今日をもって勇は正式に近藤の姓を継ぎ、周助は名を周斎と改め、隠居の身になることとなっている。
 府中・六所明神に入った試衛館の面々、多摩や日野の門人たちは広い境内で野試合の準備をしていた。
「はい。じゃあ皆さんこれを額に結びつけてくださいね」
 さくら、歳三、左之助は出場する門人たちに「かわらけ」を配った。要するに、突けばすぐ割れる強度の素焼きの皿である。
 その一方で、境内の太鼓楼の側に設けられた簡素なやぐらの上に、一張羅の裃を身につけ勇が座っていた。
 隣には周斎が同じく裃を身につけ座っており、境内の様子を眺めていた。太鼓係の総司は、鉢巻きとたすき掛けをし、バチを握りしめていた。源三郎は、ひっきりなしにやってくる訪問者の取り次ぎをしていた。野試合の準備が終わるまで、日野の門人を始め、招待していた近隣の道場の者が代わる代わる挨拶に来ていたのだった。
 その中で、山南が一人の若者を連れて現れた。
「近藤先生。先日お話した、伊東道場の藤堂平助です。以前は私と同じ道場で北辰一刀流を学んでいました」
 山南に紹介され、藤堂平助は折り目正しくお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。この度は誠におめでとうございます。私のような者までお招きいただき、ありがとうございます」
「これはこれは。わざわざこんな所までありがとうございます。山南さんにはいつもお世話になっていて。北辰一刀流に比べれば荒っぽい剣術かとは思いますが、どうぞゆっくり見ていってください」勇が答え、同じくお辞儀をした。
 後がつかえていたので、二人の会話はそれで終わり、藤堂は「それでは」と言ってその場を下がった。
「若いのにしっかりしてるなぁ」勇がつぶやいた。
「確か、今年で十八だか十九だったかと」山南が答えた。
「えっ!年下!?」話を聞いていた総司が驚いてバチを取り落としそうになった。総司はぽかんと口を開け、やぐらを降りて境内を歩いている藤堂に目をやった。
「山南さん、どうだろう。一回戦は天然理心流の門人のみだが、二回戦からは左之助も入ることだし、あの藤堂さんにも入ってもらっては」
「近藤先生がそうおっしゃるのなら、ぜひ。後で平助にも伝えておきます」山南はにっこりと笑い、やぐらを降りていった。
 その様子を見ていた総司は、ぶすっとした顔になって境内に目をやった。すると、さくらが大きく手を振りながらやぐらの側に近づいてきた。
「総司!そろそろ始めるぞ!」
 勇に挨拶しようと列を為していた者たちは一旦解散し、さくらがやぐらに上ってきた。胴着袴を身につけ、額にかわらけを固定したさくらは改めて勇に向き直った。
「勇、本当におめでとう」さくらははにかみながらそう言った。
「ああ。ありがとう」勇もにっこりと微笑んだ。
 総司がどん!どん!と太鼓を叩き、あたりは静かになった。
 さくらは勇の前に出て咳払いをした。
「皆様、本日は我が天然理心流四代目・近藤勇の襲名披露の儀にお集まりいただきありがとうございます!私は本日赤組の大将を相務めます近藤さくらにございます!」
 下からかわらけを額に巻きつけた男たちの「知ってるよ!」「よっ!さくらちゃん!」「いいぞ姉先生!」といった歓声が聞こえてきた。
「本日は、勇の祝い、ならびに天然理心流の益々の繁栄を願いまして、紅白に分かれての戦を致します!皆様、準備はよろしいですか!」
 おおーっ!と声が聞こえ、さくらは満足げに微笑んだ。
 赤組の大将さくらと、白組の大将佐藤彦五郎は、それぞれ境内の端と端に設けられた椅子に鎮座した。その前には予め組み分けされた門人たちが立ち、互いの陣営を睨み合っていた。
「赤組!負けるんじゃないぞ!」さくらは自分を囲む赤組の陣営に声をかけた。
「お前に言われなくたってんなことわかってるよ」歳三が振り向いてニッと不敵な笑みを浮かべた。
「土方くん、一気に攻め込んで敵陣の一角が崩れた隙をついていきましょう」隣に立っていた山南が言った。
「ふん、奇遇だな。俺も同じこと考えてた」歳三は山南の目を見ずに言った。
 さくらは二人の光景を見てひとり微笑んだ。
――これを機に、あの二人が仲良くなってくれたらいいのだが。私と歳三の時みたいに。
 そんなことを考えていると、どん、どん、と太鼓が鳴った。
「始め!!」
 総司の声が境内に響き渡り、紅白両組の男たちは、わっと声を上げて走り出した。

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