浅葱色の桜

初音

文字の大きさ
上 下
43 / 205

四代目襲名②

しおりを挟む
 かくして、文久元年八月、勇の襲名披露の日がやってきた。今日をもって勇は正式に近藤の姓を継ぎ、周助は名を周斎と改め、隠居の身になることとなっている。
 府中・六所明神に入った試衛館の面々、多摩や日野の門人たちは広い境内で野試合の準備をしていた。
「はい。じゃあ皆さんこれを額に結びつけてくださいね」
 さくら、歳三、左之助は出場する門人たちに「かわらけ」を配った。要するに、突けばすぐ割れる強度の素焼きの皿である。
 その一方で、境内の太鼓楼の側に設けられた簡素なやぐらの上に、一張羅の裃を身につけ勇が座っていた。
 隣には周斎が同じく裃を身につけ座っており、境内の様子を眺めていた。太鼓係の総司は、鉢巻きとたすき掛けをし、バチを握りしめていた。源三郎は、ひっきりなしにやってくる訪問者の取り次ぎをしていた。野試合の準備が終わるまで、日野の門人を始め、招待していた近隣の道場の者が代わる代わる挨拶に来ていたのだった。
 その中で、山南が一人の若者を連れて現れた。
「近藤先生。先日お話した、伊東道場の藤堂平助です。以前は私と同じ道場で北辰一刀流を学んでいました」
 山南に紹介され、藤堂平助は折り目正しくお辞儀をした。
「お初にお目にかかります。この度は誠におめでとうございます。私のような者までお招きいただき、ありがとうございます」
「これはこれは。わざわざこんな所までありがとうございます。山南さんにはいつもお世話になっていて。北辰一刀流に比べれば荒っぽい剣術かとは思いますが、どうぞゆっくり見ていってください」勇が答え、同じくお辞儀をした。
 後がつかえていたので、二人の会話はそれで終わり、藤堂は「それでは」と言ってその場を下がった。
「若いのにしっかりしてるなぁ」勇がつぶやいた。
「確か、今年で十八だか十九だったかと」山南が答えた。
「えっ!年下!?」話を聞いていた総司が驚いてバチを取り落としそうになった。総司はぽかんと口を開け、やぐらを降りて境内を歩いている藤堂に目をやった。
「山南さん、どうだろう。一回戦は天然理心流の門人のみだが、二回戦からは左之助も入ることだし、あの藤堂さんにも入ってもらっては」
「近藤先生がそうおっしゃるのなら、ぜひ。後で平助にも伝えておきます」山南はにっこりと笑い、やぐらを降りていった。
 その様子を見ていた総司は、ぶすっとした顔になって境内に目をやった。すると、さくらが大きく手を振りながらやぐらの側に近づいてきた。
「総司!そろそろ始めるぞ!」
 勇に挨拶しようと列を為していた者たちは一旦解散し、さくらがやぐらに上ってきた。胴着袴を身につけ、額にかわらけを固定したさくらは改めて勇に向き直った。
「勇、本当におめでとう」さくらははにかみながらそう言った。
「ああ。ありがとう」勇もにっこりと微笑んだ。
 総司がどん!どん!と太鼓を叩き、あたりは静かになった。
 さくらは勇の前に出て咳払いをした。
「皆様、本日は我が天然理心流四代目・近藤勇の襲名披露の儀にお集まりいただきありがとうございます!私は本日赤組の大将を相務めます近藤さくらにございます!」
 下からかわらけを額に巻きつけた男たちの「知ってるよ!」「よっ!さくらちゃん!」「いいぞ姉先生!」といった歓声が聞こえてきた。
「本日は、勇の祝い、ならびに天然理心流の益々の繁栄を願いまして、紅白に分かれての戦を致します!皆様、準備はよろしいですか!」
 おおーっ!と声が聞こえ、さくらは満足げに微笑んだ。
 赤組の大将さくらと、白組の大将佐藤彦五郎は、それぞれ境内の端と端に設けられた椅子に鎮座した。その前には予め組み分けされた門人たちが立ち、互いの陣営を睨み合っていた。
「赤組!負けるんじゃないぞ!」さくらは自分を囲む赤組の陣営に声をかけた。
「お前に言われなくたってんなことわかってるよ」歳三が振り向いてニッと不敵な笑みを浮かべた。
「土方くん、一気に攻め込んで敵陣の一角が崩れた隙をついていきましょう」隣に立っていた山南が言った。
「ふん、奇遇だな。俺も同じこと考えてた」歳三は山南の目を見ずに言った。
 さくらは二人の光景を見てひとり微笑んだ。
――これを機に、あの二人が仲良くなってくれたらいいのだが。私と歳三の時みたいに。
 そんなことを考えていると、どん、どん、と太鼓が鳴った。
「始め!!」
 総司の声が境内に響き渡り、紅白両組の男たちは、わっと声を上げて走り出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―

馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。 新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。 武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。 ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。 否、ここで滅ぶわけにはいかない。 士魂は花と咲き、決して散らない。 冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。 あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

南町奉行所お耳役貞永正太郎の捕物帳

勇内一人
歴史・時代
第9回歴史・時代小説大賞奨励賞受賞作品に2024年6月1日より新章「材木商桧木屋お七の訴え」を追加しています(続きではなく途中からなので、わかりづらいかもしれません) 南町奉行所吟味方与力の貞永平一郎の一人息子、正太郎はお多福風邪にかかり両耳の聴覚を失ってしまう。父の跡目を継げない彼は吟味方書物役見習いとして南町奉行所に勤めている。ある時から聞こえない正太郎の耳が死者の声を拾うようになる。それは犯人や証言に不服がある場合、殺された本人が異議を唱える声だった。声を頼りに事件を再捜査すると、思わぬ真実が発覚していく。やがて、平一郎が喧嘩の巻き添えで殺され、正太郎の耳に亡き父の声が届く。 表紙はパブリックドメインQ 著作権フリー絵画:小原古邨 「月と蝙蝠」を使用しております。 2024年10月17日〜エブリスタにも公開を始めました。

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

本所深川幕末事件帖ー異国もあやかしもなんでもござれ!ー

鋼雅 暁
歴史・時代
異国の気配が少しずつ忍び寄る 江戸の町に、一風変わった二人組があった。 一人は、本所深川一帯を取り仕切っているやくざ「衣笠組」の親分・太一郎。酒と甘味が大好物な、縦にも横にも大きいお人よし。 そしてもう一人は、貧乏御家人の次男坊・佐々木英次郎。 精悍な顔立ちで好奇心旺盛な剣術遣いである。 太一郎が佐々木家に持ち込んだ事件に英次郎が巻き込まれたり、英次郎が太一郎を巻き込んだり、二人の日常はそれなりに忙しい。 剣術、人情、あやかし、異国、そしてちょっと美味しい連作短編集です。 ※話タイトルが『異国の風』『甘味の鬼』『動く屍』は過去に同人誌『日本史C』『日本史D(伝奇)』『日本史Z(ゾンビ)』に収録(現在は頒布終了)されたものを改題・大幅加筆修正しています。 ※他サイトにも掲載中です。 ※予約投稿です

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

処理中です...