浅葱色の桜

初音

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四代目襲名①

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 文久元(一八六一)年 夏

 天然理心流の四代目襲名披露が近づいていた。
 主にさくら、歳三、山南が中心となって当日の流れや諸々の手配を行っていた。三人は今、襲名披露最大の見せ場・天然理心流門人による野試合について板の間で話し合っていた。
「さくらさん、野試合の際の赤と白の組み分けですが、この出場予定の門人名簿のここからここまでが赤組、こちらから先が白組ということでよろしいでしょうか」山南が巻物状の紙を広げ、門人の名前を指した。
「えーっと」さくらは門人名簿をよく見た。
「あ、駄目です。それだと石原村の島田さんと吉兵衛さんが赤と白に別れてしまう」さくらは眉間にしわを寄せた。
「なんか問題でもあるのかよ」歳三が名簿を覗き込んだ。
「島田さんと吉兵衛さんは仲が悪いんだ。前に出稽古に行った時、本気で戦い合って吉兵衛さんが怪我をしてな。今度二人を戦わせたら本当の殺し合いになりかねない…」
「それは失礼しました。ではこの吉兵衛さんを赤組にしましょう。さすが、さくらさんは門人一人一人のことをよくご存知だ」
 山南は感心したように言いながら、吉兵衛の名前を線で引っ張って赤組に加えた。さくらは少し顔を赤らめ、満更でもないといったように微笑んだ。
「へへ、まあ小さい頃から門人の皆さんには遊んでもらったりいろいろよくしてもらいましたから」
「なあなあ、俺は参加できないのかよー?」
「左之助は門人ではないだろう。駄目だ」さくらがピシャリと言った。
 左之助は歳三の頭上から門人名簿を覗き込んでいたが、ちぇっと言って歳三の後ろに座り込んだ。
 試衛館に住み込むと言った左之助だったが、物理的に彼の寝る場所はなく、この板の間や道場の片隅で寝泊まりしていた。たくさんの本を所持している山南と違い、身一つで来ていたためそれでもなんとかなっていたのだ。
 そして彼はあくまでも門人ではなく「食客」として、ごく稀にやってくる道場破りを撃退したり、剣術の他に槍も習いたいという門人の要望に応えたり、時々歳三の薬売りを請け負ったりなど、一応試衛館の運営に貢献していた。
 と、いう素振りを見せないと、左之助がタダ飯を食らうのをキチが許可しなかったのだった。実際のところは、歳三のかかえる石田散薬の在庫を背負わせ、さくらや歳三が尻を叩いて送り出していたのである。
「いいじゃねえか、こんなに人数いるんなら一人くらい増えたってわかんないだろ~?」左之助はぶすっとした顔でさくらを見た。
「まあ、そう言うと思ってだな」
 さくらはニヤリと笑みを浮かべた。
「実は父上からもうお許しが出ている。名簿には載せないが、後方支援ということで、どちらか人数の足りない方に入っていいとな」
「本当かよ!やっりぃー!!」左之助は歳三と山南の間から身を乗り出し、にかっと笑った。
「姉先生、私も参加したいですー」同じく山南の頭上から名簿を覗き込んでいた総司が不服そうに言った。
「総司は太鼓役なんだからどう転んでも駄目だ」さくらが答えた。
「つまんないなー。私もみんなと一緒に戦いたいです」
「沖田くん、君は大先生と若先生の期待と信頼があるからこの役に抜擢されてるんだよ。光栄なことじゃないか?」
 山南が諭すと、総司は少し不服そうながらも「はーい」と答えた。
「さくらさん、私からも少しお願いがあるのですが」山南がさくらを見た。
「なんでしょう」
「私の知り合いで、天然理心流に興味があるという者がおりまして。野試合の観客として招待しても構わないでしょうか。名前は藤堂平助とうどうへいすけといいます。以前、同じ道場で稽古をしていた者なのですが、なかなかの腕前なんですよ。もちろん、お邪魔にならないようには言って聞かせますので」
「そういうことなら大歓迎ですよ!邪魔どころか、山南さんが北辰一刀流の人たちにうちの話をしてくれてるなんて、本当にありがたいです」
 さくらはにっこりと微笑んだ。北辰一刀流が一目置いた流派という噂が立てば、天然理心流のいい宣伝になるかもしれないと考えた。
 事実、この襲名披露の儀式では参加者・見物人からのお祝い金という現金収入と、近隣の人々に試合を見てもらうことで、天然理心流の名を広める宣伝効果の両方を狙っていた。
 試衛館は相変わらず裕福とは言えない道場であったが、桜田門外の変以降、黒船来航後の時のように一時的に門人は増えていた。その勢いに乗るなら今だ、というわけなのである。

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